補遺「デキャンター・マン・オブ・ザ・イヤー2018」受賞

〜ヴィーニャ・エラスリスのニュースリリースより〜



チリ初の100点満点「ヴィニェド・チャドウィック 2014」。

セーニャの創設者であり、チリの名門「エラスリス」家5代目当主のエデュアルド・チャドウィックが英ワイン専門誌「デキャンター・マガジン」のマン・オブ・ザ・イヤー2018に選ばれたことを受けて、ヴィーニャ・エラスリスよりニュースリリースが届いた。

以下、原文ほぼそのままでご紹介する。

1976年のパリ・テイスティングに着想を得て2004年にベルリンのリッツ・カールトンで、エデュアルド・チャドウィックが主催したブラインド・テイスティング、「ベルリン・テイスティング(The Berlin Tasting)」では、下記の通りシャトー・ラフィットを含むボルドーの1級シャトーとスーパー・トスカーナの数々を抑えて、ヴィニェド・チャドウィック2000年が1位、セーニャ2001年が2位となりました。

ベルリン・テイスティングは2014年までに世界の22の主要都市で開催され、そのいずれもで上記とほぼ同じ結果となりました。

これにより、チリのウルトラ・プレミアムワインに対する世界の認知度が高まり、チリワイン全体のイメージ向上につながりました。

2004年ベルリン・テイスティング上位10位
1位 Viñedo Chadwick 2000
2位 Seña 2001
3位 Château Lafite- Rothschild 2000
4位 Seña 2000
4位 Château Margaux 2001
6位 Viñedo Chadwick 2001
6位 Château Margaux 2000
6位 Château Latour 2000
9位 Don Maximiano Founder’s Reserve 2001
10位 Château Latour 2001
10位 Solaia 2000

上記を含む、エデュアルド・チャドウィックの長年にわたるファイン・ワインの生産及チリワインに関する啓蒙活動がチリを含むワイン業界全体に貢献したとして、「デキャンター」誌からも高く評価され、今回の受賞につながりました。

エデュアルド・チャドウィックは、人生を通じてファイン・ワインの普及に尽力し、ワインの世界に卓越した業績を残したことで、名誉あるデキャンター・マン・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。ヴィーニャ・エラスリスとヴィーニャ・セーニャの社長であるエデュアルド・チャドウィックは「このことは、チリがファイン・ワインの領域に入ったことを示すものであり、私はチリの代表者として、この賞を受賞しました。コリンヌ・メンツェロプーロス、ピエロ・アンティノリ、ロバート・モンダヴィ、アンジェロ・ガヤ、オーヴェール・ド・ヴィレーヌといった過去の受賞者達は、彼等の国が、世界的品質のワインを生むテロワールのファミリーに属すことを証明するために力を尽くしました。そして、これこそが私の人生において達成しようとしてきたものです」とコメントしました。

エデュアルドと妻のマリア・ユージェニア、娘のマグイ、マグダレーナ、アレハンドラ、マリア・ホセは、2018年4月5日にロンドンのレーンズボロウ・ホテルで開催された祝賀会で、彼等のアイコン的ワインと共に、特別なコース料理のディナーを楽しみました。ゲストには、前年の受賞者、スティーヴン・スパリュアの他、ワイン業界からジェームズ・サックリング、ティム・モンダヴィ、ランベルト・フレスコバルディ、アグスティン・ヒュネウス等が招かれました。

主催者のデキャンター誌からは、上級スタッフのサラ・ケンプとジョン・スティンプフィッグが参加し、ティム・アトキンMW、ピーター・リチャーズMW、ヨルゲ・ルッキ、ニール・ベケット、ルーシー・ショー、オズ・クラーク、ロバート・ジョセフを含む、英国及び世界の有名ジャーナリストが授賞ディナーに出席しました。限られた招待客の中には、ヴィーニャ・エラスリスの世界各国のインポーターと、戦略的パートナーであるラ・プラス・ド・ボルドーの代表者もいました。

左から、ランベルト・フレスコバルディ、チャドウィック、ティム・モンダヴィ、ジェームズ・サックリング、クリス・オコナーの各氏。

エデュアルド・チャドウィックの受賞のことば 
「この賞は、私達のワイン産業にとって最高の栄誉であり、私が今までに受賞した、もしくはこれから受賞するかもしれないあらゆる賞の中で、最も重要な職業的達成を意味するものです。それは特に、私の祖国チリが世界で最もプレスティージの高いワイン産地としての地位を獲得したことを、この賞が象徴しているからです。私は今まで、我が国のワイン産業の方向性と評価を変えるため、たゆみない探求を続けてきましたが、この賞はそれに対する素晴らしい報償となりました」

前述のように、チャドウィックのキャリアにおける運命の瞬間は、1991年に彼がロバートとマグリットのモンダヴィ夫妻の運転手をボランティアでつとめたことにあった。このとき、夫妻はリフレッシュのためにチリワインの産地の南の方に釣りに行こうとしていた。

「当時、モンダヴィの規模はチリのワイン産業全体の2倍で、われわれのワインの平均輸出価格は1ケース10〜12米ドルでした」とチャドウィックは回想する。

「この旅の終わりに、チリには素晴らしいテロワールとポテンシャルがある、とボブが言ったのです。そのとき彼は80代、すでにアイコニックな人物で、私はといえば、30代の前半。私たちは何か一緒にやりましょう、と話してはいたのですが、それは遠い夢のようでした」

チャドウィックの感慨、いかばかりだったろう。

この記事を書いた人

WINEWHAT
WINEWHAT
桜吹雪が舞う中で、社会的距離を取りながら

新しい季節の無病息災を祈って

今日もワインを開けてみよう

明日も新しいこと、やってみよう