• TOP
  • #WINE
  • 牛肉とワインを合わせるとき、知っておくべき食肉と畜産の歴史

牛肉とワインを合わせるとき、知っておくべき食肉と畜産の歴史

手軽に牛肉を食べられるようになったのはいつ? そしてなぜ?

ヨーロッパ中世の食肉文化

現在の日本につながる牛肉食生活は、そうしたわけで、西洋の19世紀までさかのぼって考えることができるだろう。

では、それ以前はどうだったのか。まずはヨーロッパ中世の食肉文化を俯瞰するところから始めよう。

イタリアの歴史家、マッシモ・モンタナーリはヨーロッパの中世を「ローマ・ゲルマン的食物規範」が確立した時代と見ている。つまり、古代ローマの文化は小麦(パン)とワ
インそしてオリーブ油に高い価値を置くいわば植物性の農耕文化であった。

5世紀ごろから、そこにゲルマン人が侵入し、肉と脂(ラード、バター)を重視する動物性の森の文化が接ぎ木される。そうしてこれら二つの食文化にはぐくまれて、10世紀ごろまでに「ヨーロッパ中世の食文化」は成立を見る。

そのとき、パンはキリストの聖性を、肉は世俗的権力を象徴した。要するに、肉は社会的特権のステイタス・シンボルだった。

上:20 世紀初頭、パリのラ・ヴィレット屠場と思われる場所での牛の解体直前の写真。下:19 世紀のヨーロッパの同様の場面のリトグラフ。Alan Raveneau, Le Boeuf: Histoire symbolique & cuisine, Sangs de la terre, 1992, p.99.

そのような食肉の重要性は言葉からもうかがえよう。そもそも英語とフランス語でそれぞれ「肉」を意味する「ミート(meat)」や「ヴィアンド(viande)」は、「人間の生命を保つ食べ物全般」を指す言葉であった。それが時代を経るうちに「動物の肉」を意味するようになった。「食」とは「肉」なのである。

このようなステイタス・シンボルとしての肉を消費していたのは主に王侯貴族や肉体労働者たちであったが、14世紀から15世紀のあいだに肉(牛・豚・羊)の値段は充分に下がり、それ以外の人々の欲求をも満たすようになる。

歴史研究の成果は、その当時、ドイツのゲルマン系のある地域で何と一人当たり年100㎏(一日当たり450g-500g!)もの肉が消費されていたと教えてくれる。最も少ないシチリア島で同20㎏、フランスの農村部でも同40 ㎏の肉を食べていた。

肉であふれかえっているように見える昨今の日本ですら年一人当たりの食肉消費量(鶏肉を除く)は20-30㎏程度だ。何が「暗黒の中世」か。消費量だけを見るなら、後期中世の最低レベルに私たちはいまようよう達したばかりなのだ。

要因の一つは、14世紀半ばのペスト

1日500gは極端だとしても、彼らはいったいなぜ、そのようにたくさんの(牛肉を含めた)肉を食べられたのだろう。

要因の一つは、14世紀半ばのヨーロッパ大陸で猛威をふるい4分の1から3分の1の人口を奪ったペスト禍である。

人手がなければ穀物栽培はままならない。しかし裏腹に、この状況は大枠のところで牛肉食にプラスに働いた。

牧草地面積は、人口が減ったぶん相対的に、穀物地から転用したぶん実質的に拡大する。おかげでヨーロッパでは畜産経営が盛んになり、特に牛が、かつてないほど大量生産されることになった。

かくして牛は、屠場がありかつ人口が集中している都市部へと次々と送り出され、肉にされる。フランスの歴史家ブルーノ・ロリウーは、この時期に牧草地がよみがえったおかげで牛の体も以前より大きくなり、14-15世紀における主要な食糧となったと指摘している。

あるいはモンタナーリがいう通り、牛はーー豚が農村の家族経営の象徴に留まったのに対しーー「新しい商業ダイナミズムのシンボル」となったのである。

ただし、そうは牛の問屋がおろさない。

なるほど前近代において牛はいちばん重要な肉の供給源ではあったろうが、簡単に食べられるものだったかといえばそうではないからだ。

そもそも牧草だけで牛を育てる場合、成牛になるまで少なくとも5年前後はかかる。さらに、牝牛は肉以前にミルク・チーズ・バターの重要な供給源であり繁殖の母体でもある。子を産めなくなり乳が出なくなるまでは肉にされなかった。雄牛も種付け牛を除いて全て去勢され、特に農業労働力として利用された。こちらも働けなくなるまでは食に供されることはまずなかった。

よって牛肉がそれこそ人口に膾炙するには、農村の畜産経営が余剰生産物を生み出すまでに発達するのと、その余剰を集中的に消費する都市がーー14世紀半ばのペストをやり過ごしつつーー発展するのとを待たねばならなかったというわけだ。

この記事を書いた人

WINEWHAT
WINEWHAT
YouTubeInstagramでも、コンテンツ配信中!
フォローをお願いいたします。

Related Posts

PAGE TOP