アームチェア〝ワイン〟トラベラー Vol.8

俺たちは人間さ。すべてを飲み込んで、酔おうじゃないか!

ねえこのワインなんでも合うね

きっと小エビのフライや天ぷらなぞもいいゾ。後口に残る、純粋なブドウの甘みが、魚介の揚げ物と合う気がする。

うん、調子が上がってきた。ブリードモーも合うぞ。しかしこの許容力をいかさんと、冷蔵庫からミモレットも取り出して合わせてみる。

いい。ミモレットの太いうま味に、すっと寄りそうじゃありませんか。

この寛容さは、時間も場所も選ばないかもしれない。太陽の下やプールサイドでもいいし、今のように一人静かに、深夜のテーブルで飲むのも否定しない。うう。少し酔ってきたかな。

では合う音楽はどうだろう。この寛容力のことだから、ブルースでもいいんじゃないかとかけてみたが、振り切りすぎた。まったく合わん。

フラメンコギターもいいかもしれないと、沖 仁(おき・じん)をかけてみる。フラメンコギターが内包する、情熱と悲哀が泡と抱き合う。寛容さといい、明らかにこのスパークリングは、ラテン系だな。

だがもっと合ったのは、ジャズピアノだった。ビル・エバンス「アローン」。マル・ウォルドン「レフト・アローン」。ダラー・ブランド「アフリカン・ピアノ」。

どれもいい。軽快なワインの泡立ちと、リズミカルなピアノのタッチが同期する。

中でもこれだと思ったのは、キース・ジャレットの「ザ・ケルン・コンサート」であった。シンプルな主旋律を繰り返しながら、第に高まっていく演奏、熱情と静寂、時折雄叫びをあげる、キースの声。

人間的なのだ。人間の良い面も悪い面もさらけだした、てらいのない演奏が、寛容なスパークリングがもたらした酔いを、いい気分で増幅させる。

俺たちは人間さ。すべてを飲み込んで、酔おうじゃないかと、思わせる。

飲む相手は、ダレがいいかな。目力の強い女性がいい。あっけらかんとした、天然な寛容さがある女性がいい。

一瞬、情熱的なベネロペ・クロスを思い浮かべたが、あのいつもどや顔的表情では、ワインも僕も負けてしまう。

考えていくうちに浮かんだのは、吉田羊である。美人なのに、どこか庶民的でもある。自由奔放に生きているようでいて、苦労もし、どこか生き方が不器用そうでもある。

人間的なのである。だから演技も深いのだろう。彼女とこのスパークリングを飲みながら、色々な料理を試したい。

串揚げ屋に持ち込んで、「イカやエビにも合うけど、ウィンナーもいい、ああ、すごくいい」と、と、笑顔で呟かれたら、たまらないでしょ。ワインも喜ぶ。

家でキースをかけて、泡に音符を溶かしながら飲むのもいい。

ちょっとアゴ上げてしゃべり始める独特の仕草で、彼女は言う。「ねえこのワインなんでも合うね。もしかしたらすき焼きにも合うかも」。「合わねえよ」と思いながらも、つい「そうだね」といってしまう力が、彼女とワインにはある。

マリアージュなんて、人の心も趣なのさと言いたくなる、自由な空気が満ちてくる。

酔いが深まる。そのとき彼女が、本心を見せ始めるのだ。陽気の影に隠した寂しさを滲ませる。そして呟く。

「このワインのせいよ」と。

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この記事を書いた人

マッキー牧元
マッキー牧元
立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、日々飲み食べ歩く。まさに、「食べるグルメマップ」。多くのアーティストの宣伝・制作の仕事のかたわら、1994年には、昭文社刊「山本益博の東京食べる地図」取材執筆、1995年には「味の手帖」に連載を開始するなど、食に関する様々な執筆活動を行う。現在も、「味の手帖」、「食楽」、「銀座百店」、「東京カレンダー」など、多数の雑誌やWebに連載中。日本テレビ「メレンゲの気持ち」、「ぐるぐるナインティナイン」などに出演。

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