アームチェア〝ワイン〟トラベラー Vol.9

少女のようだけど、激しい熱情を持っているのは誰?

相手を引き立てる殊勝さがある

しかしひねくれ者の僕としては、合いすぎてつまらない。そこでシンプルに塩だけで食べてみた。

これがいい。ワインと鶏肉を口の中で合わせると、食べて薄くなっていく肉汁の味が、噛んでも噛んでも消えずに、永遠に続いていくようだった。

やはり相手を引き立てる殊勝さが、このワインにはある。最後はソース。さっきやったじゃないかって? いや、ソースを飲んですぐにワインを飲むのですね。

この変態行為にもワインは答えた。ソースに溶け込んだバターの甘い香りを、ふんわり引き出すのである。

ワインの温度は温まってきたが、何気ない顔で、さりげなく舌を流れていくのは変わらない。しかしこうして他者と出会うと、別の表情を見せて情熱を感じさせる。

一緒に飲むとしたら、そんな女性がいいなあ。華奢に見えて豊満。少女のようだけど、激しい熱情を持っている。さあ誰だろう。

いろいろ考えて思い当たったのが、イギリス生まれのアメリカ女優、リリー・コリンズだった。白雪姫に扮して有名となったが、「あと1センチの恋」での、切なく、なんとも愛らしい表情がたまらない。

つぶらな瞳の上に凛とある、太い眉にやられてしまう。一言もしゃべらずに、黙ってこのワインを飲んで、こちらを見つめている。

彼女の細い喉が、微かに揺れてワインを飲み込んだのがわかる。その瞬間、ワインによって、リリーは妖艶さを漂わす。

身動きができない。空気が張りつめる。音が消える。無言の色気に縛られて、陶然となる。

耐えられずに音楽をかける。このワインに合い、そして彼女に合う音楽を。

そうだ、10000マニアックスのヴォーカリストだった、ナタリー・マーチャントのソロ2作目の「オフェリア」がいい。

今にも壊れそうな脆さがある声なのに、寛大さに満ちている。淡々としているようで、豊かな感情が渦巻いている。一見単色のようでいて、多くの繊細な色がうごめている。

そんな彼女の歌声を聴きながら、ワインを飲む。変わらず軽やかな飲み口ながら、豊満さを口の中で開くワインと馴染む。

ああ酔ってきたなあ。ワインによって歌声の中に隠された悲しみや喜びが露わになって、僕の心に溶けていく。

しかも目の前には、黙ったままのリリーがいる。お願いだ。なにかしゃべってくれ。

このままでは僕は気持ちに押しつぶされてしまう。切なすぎて、息ができない。

その雰囲気を察したのだろう。リリーはふっと微笑み、耳あたりの髪の毛をかき上げた。

空気が柔らかくなった。ワインの香りが再び広がる。

その香りをもっと嗅ぎたかったのか、細い指でワイングラスを両手で抱えるように持ち、鼻に近づけ目を閉じた。

時間よ、果てしなく続け。僕は只々、そう祈るだけだった。

この記事を書いた人

マッキー牧元
マッキー牧元
立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、日々飲み食べ歩く。まさに、「食べるグルメマップ」。多くのアーティストの宣伝・制作の仕事のかたわら、1994年には、昭文社刊「山本益博の東京食べる地図」取材執筆、1995年には「味の手帖」に連載を開始するなど、食に関する様々な執筆活動を行う。現在も、「味の手帖」、「食楽」、「銀座百店」、「東京カレンダー」など、多数の雑誌やWebに連載中。日本テレビ「メレンゲの気持ち」、「ぐるぐるナインティナイン」などに出演。

Related Posts

PAGE TOP