「商売に何が大事かわかるかね?」

格式と長い伝統をもつワイン業界で、瞬く間に、その名声を確立した「ケンゾー エステイト」の中核、辻本憲三はそう問いかける。答えは、とてもシンプルなのだ。

辻本憲三
1940年12月15日生まれ。1984 年、株式会社カプコン代表取締役に就任。エンターテインメント産業を牽引する一方、ナパ・ヴァレーで世界最高峰のワイン造りを指揮している

インドアも、アウトドアも

なんて深みのある味わいなんだ。

今から遡ること9年前の2008年、ケンゾー エステイトから世に放たれたファースト・ヴィンテージを口にしたときの感動は今でもよく覚えている。そして、そのワイナリーのオーナーが「ストリートファイター」や「バイオハザード」、「モンスターハンター」などのヒットゲームを手掛けてきたカプコン創業者・辻本憲三だと知り、好奇心がむくむくと頭をもたげてきた。

なぜ、辻本は異業種からワイン事業に参入したのだろう。

今回、本人をインタビューするにあたり、その背景を掘り下げれば「辻本憲三」という人間像に迫れるのではないかと思い、まずは、それから問いかけてみることにした。

「ビジネスというものは面白くてね、やろうと思う以前に、やらなきゃあかんという環境があれば自然とそういうことになっていくんですわ」と辻本は言った。さすがは一代でカプコンを築き上げた海千山千の経営者である。含蓄のある物言いだ。そんな筆者の感心をよそに、彼は愉快そうにクックと笑いながらこう続けた。

「ワインをやることになったのは本当に成り行き。’80年代、カプコンのゲームはアメリカで爆発的に売れましてね、私はこの勢いを安定的なものにしたいという思いでシリコンバレーのあたりを頻繁に訪れていたんです。そんなある日、ふと、ゲーム業界に対する批判の声が私の耳に入ってきた。『子供たちがゲームばかりして、家の中に引きこもっているのは良くない』いう主旨やった。日本車が米国市場に進出して徹底的に叩かれた例もあったし、日本のゲームメーカーもどうなるかわからんぞと思ってね、で、企業の在り方に社会性 を求めようと、屋外アミューズメント事業を展開することにしたんです」

辻本はナパ・ヴァレーに470万坪もの広大な土地を求め、人が馬と戯れるテーマパークを造ろうとした。しかし、事はスムーズに運ばず、負債は数十億にも膨らんでしまった。そんな折、彼のもとにはナパ・ヴァレーのワイナリーから次々と相談が舞い込んできた。どれもこれも葡萄栽培のために土地を貸してほしい、という類いのものだっ た。そこで彼は悟った、この土地は、葡萄栽培にとって素晴らしい環境を有しているのだ、と。

この後の行動には辻本の思いきりの良さが如実に表れている。彼は土地を貸そうとはしなかった。その代わり、自分の力で、新たにワイナリーを築くことを決意したのである。

辻本は度々の渡米で、ナパ・ヴァレーのワインには親しんでいた。だが、ワイン造りについては素人であったはず。そこで愚問かとは思いつつも、「不安は なかったのか」と訊ねてみた。すると、彼は平然と言ってのけた。

「不安なんてそんなもん。目の前に大きな可能性が転がっているのに気づきながら、自分がやらないことなどありえない」

そして、再び目尻を細めてクックと小刻みに笑うのであった。

辻本憲三がナパ・ヴァレーで初めてブドウの樹を植えたのは1998年。しかし、それから、辻本が満足のいくワインが生み出されるまでには、幾多の試行錯誤があり、長い年月が流れた。樹を植え替え、土から石を取り除く、途方もない作業のあと、尋常ならざる手間暇をかけて、「紫鈴 rindo」「紫 murasaki」「藍 ai」という3 種の赤ワインが最初に誕生したのは、2008 年のこと。写真はワイナリー建造前の地鎮祭でのヒトコマ

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WINE-WHAT!? 編集部
WINE-WHAT!? 編集部
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