伝統工芸の現代性
しかし、「食器の業界自体が斜陽産業といえるのではないか」と山田健太は顔を引き締める。
「人を招いて、自宅で食事をする、という時代ではないから、特別な食器、というものが求められなくなっているんです。年末といえば、漆器屋は重箱が売れる稼ぎ時だけれど、いまはほとんど需要がない」
だからといって、重箱をやめるわけではないし、異業種とのコラボレーションなど、「売るための努力はつづけていく」。また、職人の育成についても、産地に任せるのではなく、業界をリードする企業が積極的にかかわる以外にない、と、若手を雇い入れている。
「だから、お金がどんどん出ていくんです」と笑いながらも、「僕はビジネスマンだから、売れないもの、途切れた技術については、競争力がなかった、と考えてあまり固執しない。伝統工芸だからってすべてが生き残る必要はないとおもっている。生き残る努力をして勝ち残った技術が生きる。勝てないもので勝負してもしょうがない」
であれば、マーケットで勝てる漆器を生み出してゆかなくてはならない。
読者はもしかしたら、ペンフォールズの「グランジ 2003」が山田平安堂のスペシャルパッケージに入っていたことを覚えているかもしれない。腕時計のセイコー「クレドール」やショパールのモデルにも、山田平安堂が文字盤を手がけているものがある。最近のヒット作は、デンマークに向けた琥珀に蒔絵を描いたアクセサリー、そして女性向けのチョーカー。店舗には、iPhoneケースやカフスボタンなども売られている。
「漆は塗料だからいろいろなジャンルと組みやすい」という。すでにある商品の価値に、漆がさらなる価値をくわえる。発想がブランド的なのは、いまやグローバルに事業を展開する強固なブランドイメージをもった企業こそが、競合だからだろう。
木の「めし椀」
ところで、そんな山田健太にも固執する伝統的な漆器がある。それが漆器の原点ともいうべき「めし椀」だ。漆器は日本独特の食器のようだ。というのも、日本にはテーブルがながらく根付かなかったから、床やちょっとした台に、食器をならべて食事をする伝統がある。テーブルがないから食器を手に持つ。汁や飯は熱い。陶磁器の器だとどうしても器まで熱くなって持ちにくい。それで木の器が普及した。
木の食器を使ってみてほしい。軽く、熱くない。しかも、漆器の椀に入った米はなんとも美しい。
「汁椀を使う人はいてもめし椀は100人にひとりも使っていないとおもう。日本人100人にひとりがめし椀を使うようになったら、漆器業界は完全に復活しますよ」
漆器は必ずしも高価なものばかりではない。価格的にも手に取りやすい山田平安堂のめし椀は、漆器入門にも向く。そんなことから生活が変わるかもしれない。