可憐だけど甘くない
上から見ると、濃い赤紫色をしていて、色の深さが、たっぷり飲んでねと、誘ってくる。
泡立ちが柔らかく、喉に落ちた後、ブドウの優しさが広がっていく。新鮮な苺を噛み締めているような、清々しさもある。
そこへ木苺や紅茶のような香りが漂って、可憐である。だが可憐なロゼだけど、甘くない。
味の底に、したたかな渋みがあって、男っぽい。いや、女々しくない、凛々しい女性の気配がある。
ロゼのスパークリングは、白身魚料理や、中華料理との相性がいいというけど、こいつは鶏や兎や、仔牛と合わせてみたい。
仔牛の肩肉にソーセージの中身を詰めて、野菜と煮込んだ、バスク地方のバロティーヌなんて、似合うのだろうな。
ふさわしい時間はいつか? むむう。こいつはそうだな、遅い昼ご飯に飲みたい。それも春の休日がいい。
郊外の家で、二人きりで過ごす昼ご飯。ショートカットで眉毛が濃く、痩身で、理知的な女性と過ごしたい。
納屋がある農家の庭で、彼女とこのワインを飲む。織火の上には、一羽の鶏が鉄串に刺されて回っている。
その鶏が焼ける匂いとこのワインをマリアージュしながら、手に持ったコンテチーズを齧って待つ。
相手の理想は、ショートヘアのナタリー・ポートマンか。ああ、妄想が広がる。ちょいと酔っぱらってきたか。
残念ながら用意したスモークサーモンは、あまり合わない。牡蠣のオイル漬けの方が、いいようである。
複雑性もあるけど、爽やかさもあるので、グイグイと飲めてしまう。一本くらい飲んでも酔わないんじゃないかと思わせる、自然な優しさに満ちていながら、その実、酔いが早い。
この二面性が、どうにも困ってしまうのだな。二面性の真相を確かめたくて、つい飲んでしまうのだな。
最初は産地が南のようだと思ったが、二面性を考えると、寒い地方かもしれない。おっといけない。産地なんぞ推測していた。そんなことはどうでもいいのさ。
音楽は土の匂いがする、アーシーな感じがいい。そうだサザンソウルで行こう。試しに、映画「マッスルショールズ」のサントラをかけてみた。おお、合うぞ。
85枚のゴールドディスクを生んだ、サザンソウルの聖地とされるスタジオの映画で、数多くの名曲が流れてくる。このスタジオで、白人のバンドマンが黒人の歌声を盛り上げたように、ワインと音楽のグルーブが溶け合い、気分を高揚させる。
こうなるとナタリー・ポートマンではなく、ハル・ベリーかな? 彼女がつけた深紅の口紅に、このワインが呑み込まれる光景を見てみたい。ああ危険な方向になってきた。
深紅。ふと思い、音楽をキング・クリムゾンの「クリムゾンキングの宮殿」に変えてみた。大音量で流し、ワインを口に流し込む。
するとどうだろう。野暮ったい土臭さに隠れていた狂った情熱が突然顔を出し、最後の一滴に向かって、僕の心を上気させていくのであった。
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