アームチェア〝ワイン〟トラベラー Vol.3

干しブドウのような甘みの裏側に隠れた苦味に、真木よう子

すき焼きも合うかも

当然鯨ベーコンは合いません。パミジャーノは合うが、グリュイエールの柔らかな塩気と甘味が、さらに合う。

ドライフルーツをちりばめたクリームチーズとは当然の相性で、ゴルゴンゾーラやロックフォールに合わせてもいいかもしれない。

塩カビサラミの味は膨らますが、鶏のポトフは役不足だった。しかしふと思いたち、鶏手羽だけを取り出して水気を切り、片栗粉をまぶして炒めてから、醤油糀と酒、蜂蜜を合わせたタレをからめてみた。

うーん、このこっくりとした甘辛い、照り焼き風手羽先とは合うな。鶏がワインのせいで、ちょいとエロいのもいい。甘辛味もそうだけど、きっと、醤油糀の熟成感が合うんだな。こいつは、すき焼きなんかも合うかもしれない。

音楽はどうしよう。辛口やジャズではない。ちょっと甘ったるくて可愛い声が聞きたくなってきた。とくれば、コリーヌ・ベイ・レイだろう。聞き手に甘えてくるような、彼女特有のウィスパーヴォイスが、赤ワインに溶ける。

ゆったりとしたリズムに乗った、彼女の、少女のような歌声に身を任せ、ワインをぐびりぐびりとやる。

もう食べ物はいらない。可愛い声と赤ワインをマリアージュさせて飲んでいると、時間が緩くなる。そして次第に、声に隠れた女の情が滲み出てきて、どきりとさせられる。 

酒を飲むと、記憶などいくつかの細胞が消失するというが、バカや鈍感な細胞も消失して、利口で、鋭い感性が顔を出すのは、こうしてワインと音楽が見事に出会い、共鳴し合った時である。

そんな話を誰かとしたい。

「そう。私もそう思うわ」。と、聡明な目つきで、呟く女性がいい。内心は、「おばかさんね」と思っているのに、表さない。

髪はショートで、コリーヌ・ベイ・レイの歌声と似た、少女と大人が同居する女性と飲みたい。

ううむ。モデルの佐藤栞里がいいかな。いや、もっと大人としての、魔性を秘めている人がいい。

思いつきました。真木よう子である。この濃い色合いをした赤ワインがよく似合う。

ブドウの濃縮感を、舌の上や口腔でじっくりと確かめながら、ごくんと飲んで顔を上げ、こちらの瞳を覗き込み、「どうしたの?」という顔をする。鶏手羽を手づかみで食べ、細い指で骨をそうっと口から出す。ワインが唇に流れ込む。

きっと実際に飲んだら(あるわけないが)、息が止まってしまうだろう。

そんなボクの、勝手な妄想を見透かしてか、ワインの味わいが途端に深くなった。もっと妄想しろ。ワインに酔えと。

目を閉じれば、ブドウ園に立ち、葉や風や土の香りを嗅ぎながら、ワインを飲んでいるようでもある。気分がいい。

音楽を変えたくなった。やはり女性ヴォーカル、可愛い歌声路線である。そこで、リンダ・ルイスに登場願った。

数オクターブを駆使し、低い男性的な声と、高音の少女声を巧みに歌い分ける。

リンダ・ルイスが歌う。「あなたの恋人になりたいの」。不倫の歌である。

忘れ去った思いがせり上がってくる。その抗えきれない感情を、最後の一滴に混ぜ、ゆっくりゆっくり噛み締めた。

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この記事を書いた人

マッキー牧元
マッキー牧元
立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、日々飲み食べ歩く。まさに、「食べるグルメマップ」。多くのアーティストの宣伝・制作の仕事のかたわら、1994年には、昭文社刊「山本益博の東京食べる地図」取材執筆、1995年には「味の手帖」に連載を開始するなど、食に関する様々な執筆活動を行う。現在も、「味の手帖」、「食楽」、「銀座百店」、「東京カレンダー」など、多数の雑誌やWebに連載中。日本テレビ「メレンゲの気持ち」、「ぐるぐるナインティナイン」などに出演。

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