月日は百代の過客にして行きかふ年も又旅人也。
青春を旅に捧げ、不羈自由を体現する作家、ロバート・ハリスはこう考える
ロバート・ハリス

ロバート・ハリス
1948年 神奈川県生まれ。高校時代からヒッチハイクで国内、海外を旅し、71年、日本を後にして東南アジアなどを放浪の後、シドニーへ。16年間滞在し、本屋兼画廊の「エグザイルス」を経営。1992年からJ-WAVEのナビゲーターとして活躍し、日本でも有名になった。

100のリスト

1988年に放送を開始した東京のFMラジオ局、J-WAVEのナビゲーターとして有名になった作家、ロバート・ハリス。みずからの体験を基とした数々の著作のなかに『人生の100のリスト』という作品がある。ここには高校を卒業し、大学進学を前にした若きロバート・ハリスが、これから自分がやりたいことを100個書いた、「人生のリスト」ができるまで、そして、そのリストとともに生きた半生が綴られている。

リストといっても、会社の事業計画とかいったものとは、まったく異なる。いくつか紹介すると、こんな感じだ。「01 アマゾン川をイカダで下る」「03 武道の黒帯を取る」「12 ギャンブルでメシを喰う」「27 パリのサンジェルマン・デ・プレの安アパートに住んで、ぼくなりの『移動祝祭日』を書く」「47 画廊を経営する」「63 映画で殺し屋を演じる」

かなり具体的な結果のイメージだけが100並んだこのリストからは、いつまでにどうやってそうなるのか、の道筋は見えない。そもそもひとりの人間が、こんな脈絡のない様々なことをできるものなのか。ところが

「この100のうちで達成したものは結構あるんですよ。知らないうちに達成しているんですよね。書くと起こっちゃうみたい」

とロバート・ハリスは他人事みたいにニコニコしながら言う。

旅する理由

「子供のころに、自宅近所の商店街をうろうろして、あたらしいもの見て、いろんな人に会って、面白いなぁって、ちょっとずつ行動範囲が広がっていった。その延長線上で遠出しようかって北海道に行って、崖から落ちて骨折したり。だいたい日本は旅したので、次はもう海外しかない」

「旅が好きなんでしょうね」といま気づいたように言う。高校を卒業してシベリア経由で北欧に行った。そこに世界中から集まっていたヒッピーに、インドは面白い、と聞き

「帰国が遅くなってもいいから、俺もインドまで行こうという気になって、バスに乗ったりヒッチハイクしてインドまで行ったんです。

色々なことが起こって、色々なことを学んで、すごく楽しかった。でも、カルカッタのユースホステルで、これから日本に帰って大学に行かなくちゃいけない、と沈んでいたら『ナショナル ジオグラフィック』に50年かけて大学生のときにリストにした100の冒険を成し遂げた冒険家の話が書いてあったの。

これは面白い。俺もこれから大学いったり仕事をはじめても、自分のやりたいことを書いておけば、それを達成しながら、人生楽しく生きられるんじゃないか。と、自分のためだけに書いたのが100のリストです。

書いたらそれでハッピーだったので、できるできないはどうでもよくて、人生の青写真として、一生懸命達成していったわけじゃないです。書いたことで、俺はこうなるだろうって人生の輪郭が見えた。たまに見返して、そうだった、そうだった、とか、気がついたら10くらい達成していたり。

ブックショップを経営するっていう夢が頭のなかにあったから、本屋の店員をやるみたいなしたたかな気持ちも、たまにはありましたが」



この記事を書いた人

WINE-WHAT!? 編集部
WINE-WHAT!? 編集部
「なんでこんなにうまいんだ!」


「フランスやイタリアの真似をして、たんにコピーをつくったところで尊敬は得られない。自然とどう関わるか」


「ワインも生きている。ブドウも土も、どれも」


「大事なのはひとの問題なんです」


「マニフィーク」



日本のワイン界のレジェンド、麻井宇介と彼の意志を継いだ若者たちの物語
10月20日公開 映画「ウスケボーイズ」より