アームチェア〝ワイン〟トラベラー Vol.5

赤だと思いこんで、牛肉を用意したこの俺をどうしてくれるっ!

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泡がピチピチ刺戟する

どうも自分は、人がいいようである。

編集部から送られてきたワインボトルを手にとって、今回はだまされないぞと誓ったのだが、なで肩瓶を透して見える赤い液体の色合いを見て、すっかり赤だと思い込んでしまった。

前回のポートですっかり気を良くしたのか、編集部はまた変わった手を繰り出してきたのである。

コルクを開け、グラスに注げば、赤ではない。グラスの縁に泡立つ微発泡で、濃いロゼ色である。ベルビュークリーク(編集部注:ベルギー産フルーツビールの一種)のような色合いである。

赤だと思いこんで、牛肉を用意したこの俺をどうしてくれるっ! と一人叫んでも、誰も助けてはくれない。

鼻を近づければ、カラメル香のような甘い香り。おおっ、しかも甘口かい。よけい肉には合わんではないか。

しかしこちらも5回目となれば、用意周到、準備万端。色々なチーズで迎え撃つ用意はしてあるぞ。ふふ。

飲めば、ゆるりと甘い。前回のポートのように、こっくりとした甘さが舌に広がるのではなく、緩やかな甘さが舌を包み、泡がピチピチと口腔を刺激する。

微発泡といってもランブルスコのように、泡が赤色ではない。白く泡立つのである。

これはまずチーズである。ミモレットと合わせよう。むむ、合わないなあ。ミモレットのうま味と寄り添う気が、まったくない。

ならばさらにアミノ酸的うま味の強い、スコットランドチェダー、アイル・オブ・アランはどうだと試してみたが、お互いがそっぽを向き合うだけである。

次に、よく熟成してとろりとなったモンドールとも合わせてみた。ああ、これもチーズとワインが舌の上で決別する。さようならと言い合って、味がバラバラになる。

不安になってきた。このまま飲み進めるだろうか。そこでグラスをより甘みを感じさせない、ボルドー型グラスに変え、シェーブルで試す。

ふふ。やっと来た。シェーブルが含む、ほのかな草の香りと塩気や酸味が、この緩やかな甘みや香りと溶け合う。優しく抱き合う。

ヤギがブドウを食べている。ブドウ畑で葉をムシャムシャと、食んでいる。

ふと、イソップ童話を思い出した。一匹のヤギが柔らかいブドウの芽を食べたブドウの木は、ヤギに言った。

「どうして僕を、傷めつけるの?
緑の草を食べ尽くしてしまったの?
きみにこんな事をされても、ぼくはきみが生け贄になる時には、ちゃんとブドウ酒をたっぷり供えてあげるつもりなのに」。

友だちの物を盗む様な人でなしに聞かせて、猛省を促す童話だが、いま目前のワインとヤギの乳は、仲睦まじくじゃれ合っている。うん、いいぞ。

この記事を書いた人

マッキー牧元
マッキー牧元
立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、日々飲み食べ歩く。まさに、「食べるグルメマップ」。多くのアーティストの宣伝・制作の仕事のかたわら、1994年には、昭文社刊「山本益博の東京食べる地図」取材執筆、1995年には「味の手帖」に連載を開始するなど、食に関する様々な執筆活動を行う。現在も、「味の手帖」、「食楽」、「銀座百店」、「東京カレンダー」など、多数の雑誌やWebに連載中。日本テレビ「メレンゲの気持ち」、「ぐるぐるナインティナイン」などに出演。

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