アームチェア〝ワイン〟トラベラー Vol.5

赤だと思いこんで、牛肉を用意したこの俺をどうしてくれるっ!

肉も魚もいらん

気を良くして、今度はロックフォールと合わせてみた。こいつもいい。ロックフォールの塩気が甘みに溶け込んで、少し艶を増す。

ええい。もう肉も魚もいらん。今夜のディナーは、シェーブルとロックフォールにパンと、このワインだあ。前向きで人のいい決定を下しながら、気分が良くなってきた。

といっても甘口である。そうぐいぐいとはいけない。これは合わせる音楽を考えようと、色々合わせてみた。

ビル・エヴァンス、キース・ジャレットのピアノソロ。なにかしっくり来ない。クラシックに変えたが、これも合わん。

ふと思いついて、エンニオ・モリコーネ、それもヨーヨー・マによる演奏をかけてみた。

ワインの味わいが、とたんに甘美となる。人間の持つはかなさと強さを、そして人生の無常を、表情豊かに歌い上げる、モリコーネの旋律とヨーヨー・マのチェロが、胸の内を溶かす。

もっとヴォリュームを上げよう。このワインがいくらかは知らないが、確実に高価な液体となって、舌を滑り、喉元に落ちていく。

ワインが、幻想的にも情熱的にも膨らんで、美しい。この感覚が永遠に続くような感覚が訪れる。美に不朽性がある。

様々な曲の中でも、ジュゼッペ・トルナーレ監督の「海の上のピアニスト」の音楽が、しっとりと合う。

ならば一緒に飲む女性は、フランス女優のメラニー・ティエリーかな。主人公が船上で見かけ、心ひかれてしまう少女である。主人公は、下船してしまった彼女を想い、旋律を奏でる。

少女には、少女としての可憐さと純真さとともに、残酷さもあって、主人公はそこにひかれるのではないか。

もちろん少女時代ではない、今のメラニー・ティエリーとこのワインを飲みたい。

意思が強そうで、そしてとてつもなくエロい唇。心をいとも簡単に見抜く視線。時折見せる、寂しげな影、そして微笑んだ時の、限りない優しさ。

そんな魅力を持つ彼女を、このワインに溶かし、愛しながら、悠久の時を過ごしたい。それが実現したら、どんなに贅沢なことだろう。

設定はやはり映画とおなじく、船上がいいかなあ。

こちらの存在を知りながらも、ワインを片手に海を見つめ続ける彼女。声をかけることを、拒むような、気高さが漂う。

そんな彼女が、一瞬こちらを振り向く。なにも許さぬような、きつい目線で見つめながら、一時微笑む。

男なら、誰もが息を呑むだろう。心を刺されながら、どうしようもなく佇む。

そしてこの甘いワインを一口飲み、ため息をつく。甘さの中に隠された苦味や深みを知り、永遠の時に絶望しながら、同時に生きていく不思議と喜びを、噛みしめるのだ。

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この記事を書いた人

マッキー牧元
マッキー牧元
立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、日々飲み食べ歩く。まさに、「食べるグルメマップ」。多くのアーティストの宣伝・制作の仕事のかたわら、1994年には、昭文社刊「山本益博の東京食べる地図」取材執筆、1995年には「味の手帖」に連載を開始するなど、食に関する様々な執筆活動を行う。現在も、「味の手帖」、「食楽」、「銀座百店」、「東京カレンダー」など、多数の雑誌やWebに連載中。日本テレビ「メレンゲの気持ち」、「ぐるぐるナインティナイン」などに出演。

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