肉も魚もいらん
気を良くして、今度はロックフォールと合わせてみた。こいつもいい。ロックフォールの塩気が甘みに溶け込んで、少し艶を増す。
ええい。もう肉も魚もいらん。今夜のディナーは、シェーブルとロックフォールにパンと、このワインだあ。前向きで人のいい決定を下しながら、気分が良くなってきた。
といっても甘口である。そうぐいぐいとはいけない。これは合わせる音楽を考えようと、色々合わせてみた。
ビル・エヴァンス、キース・ジャレットのピアノソロ。なにかしっくり来ない。クラシックに変えたが、これも合わん。
ふと思いついて、エンニオ・モリコーネ、それもヨーヨー・マによる演奏をかけてみた。
ワインの味わいが、とたんに甘美となる。人間の持つはかなさと強さを、そして人生の無常を、表情豊かに歌い上げる、モリコーネの旋律とヨーヨー・マのチェロが、胸の内を溶かす。
もっとヴォリュームを上げよう。このワインがいくらかは知らないが、確実に高価な液体となって、舌を滑り、喉元に落ちていく。
ワインが、幻想的にも情熱的にも膨らんで、美しい。この感覚が永遠に続くような感覚が訪れる。美に不朽性がある。
様々な曲の中でも、ジュゼッペ・トルナーレ監督の「海の上のピアニスト」の音楽が、しっとりと合う。
ならば一緒に飲む女性は、フランス女優のメラニー・ティエリーかな。主人公が船上で見かけ、心ひかれてしまう少女である。主人公は、下船してしまった彼女を想い、旋律を奏でる。
少女には、少女としての可憐さと純真さとともに、残酷さもあって、主人公はそこにひかれるのではないか。
もちろん少女時代ではない、今のメラニー・ティエリーとこのワインを飲みたい。
意思が強そうで、そしてとてつもなくエロい唇。心をいとも簡単に見抜く視線。時折見せる、寂しげな影、そして微笑んだ時の、限りない優しさ。
そんな魅力を持つ彼女を、このワインに溶かし、愛しながら、悠久の時を過ごしたい。それが実現したら、どんなに贅沢なことだろう。
設定はやはり映画とおなじく、船上がいいかなあ。
こちらの存在を知りながらも、ワインを片手に海を見つめ続ける彼女。声をかけることを、拒むような、気高さが漂う。
そんな彼女が、一瞬こちらを振り向く。なにも許さぬような、きつい目線で見つめながら、一時微笑む。
男なら、誰もが息を呑むだろう。心を刺されながら、どうしようもなく佇む。
そしてこの甘いワインを一口飲み、ため息をつく。甘さの中に隠された苦味や深みを知り、永遠の時に絶望しながら、同時に生きていく不思議と喜びを、噛みしめるのだ。
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