アームチェア〝ワイン〟トラベラー Vol.6

できれば吉瀬美智子さんは、チャイナドレスを着ていてほしい。

女性でいうなら博多女か

女性でいうなら、馬鹿な男を持ち上げ、夢を見させてくれる。

度量が深く、許容力があってたくましく、働き者だが、底抜けの温かさがある博多女か。

甘美な雰囲気を滲み出しながら、きりっとした品で魅了する人がいい。

福岡出身は美人が多い。中でもこんな条件を含んでいて、このワインを共に飲みたい人。そう、吉瀬美智子がいいな。

涼しげで優しさのあるまなざしと、いつも微笑んでいるような、温かみのある口元で、指先でつまんだチーズを口元に運び、ワインをゆっくりと飲んでほしい。

「ああ、なにもかも忘れるわ」といって、僕を見つめる。息が止まる。心が溶ける。あわててワインをごくりと飲む。

ワインの豊穣が広がって、なにかいわなきゃと思う。

「実は困ったことがあって」。

ワインの優しさか彼女の人格に甘えたのか、思わず口をついたのは、小さな悩み事だった。

ひと通り話を聞いた彼女は、ぽつりと言う。

「しょんなか」。

そして再びワインを飲み、黙って微笑む。

そう仕方ない。焦っても悩んでも仕方ない。ひと言で吹っ切れた僕も、ワインを飲む。

その時後ろに流れる音楽は何がいいだろう。

カーペンターズ「イエスタデイ・ワンス・モア」。ヴァネッサ・ウイリアムス「セイブ・ザ・ベスト・フォー・ラスト」。マライア・キャリー「ヒーロー」。いい感じである。でも女性シンガーじゃない気がする。

ブライアン・アダムス「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」。エアロスミス「エンジェル」。うん、いい感じだぞ。

しかしドラマチックになりすぎるのも、過剰である。抑揚の効いた大人のラブソングで、空気をしっとりと湿らせたい。

思いついたのが、ナット・キング・コールがスペイン語で歌ったアルバム「コール・エスパニョール」から、「テ・キエロ・ディヒステ」である。

香港映画「花様年華」でも効果的に使われていたので、存じの方もあろう。妙なスペイン語でじっとりとうたう、コールの声が、ワインに染みていく。

映画では、この曲が流れることによって、既婚者同士の不倫の切なさが、伝わってきた。白い象牙のような手を取って口づけし、愛を確かめ合うといった詩が、悲哀を加速させる。

でも、だからこそ、そこには美しさがある。どうもまた、酔ってきたようである。妄想が独り歩きする。

できれば吉瀬さんは、チャイナドレスを着ていてほしい。チャイナドレスと白ワインとチーズ。そのミスマッチが、品と色気を呼んで、謎を深めていく。

ああ、このまま時間が止まってくれ。僕は願う。でもいつか現実に戻されるのだ。都会の汗と速度にまみれ、夢の恋から目覚める時が、必ず来る。

そんな僕の心を見通し、彼女はワインを飲む。いまこの時間を楽しむのよ、と目で言う。そして慰めるような口調で、言う。

「しょんなか」。

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この記事を書いた人

マッキー牧元
マッキー牧元
立ち食いそばから割烹、フレンチからエスニック、スィーツから居酒屋まで、日々飲み食べ歩く。まさに、「食べるグルメマップ」。多くのアーティストの宣伝・制作の仕事のかたわら、1994年には、昭文社刊「山本益博の東京食べる地図」取材執筆、1995年には「味の手帖」に連載を開始するなど、食に関する様々な執筆活動を行う。現在も、「味の手帖」、「食楽」、「銀座百店」、「東京カレンダー」など、多数の雑誌やWebに連載中。日本テレビ「メレンゲの気持ち」、「ぐるぐるナインティナイン」などに出演。

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