女性でいうなら博多女か
女性でいうなら、馬鹿な男を持ち上げ、夢を見させてくれる。
度量が深く、許容力があってたくましく、働き者だが、底抜けの温かさがある博多女か。
甘美な雰囲気を滲み出しながら、きりっとした品で魅了する人がいい。
福岡出身は美人が多い。中でもこんな条件を含んでいて、このワインを共に飲みたい人。そう、吉瀬美智子がいいな。
涼しげで優しさのあるまなざしと、いつも微笑んでいるような、温かみのある口元で、指先でつまんだチーズを口元に運び、ワインをゆっくりと飲んでほしい。
「ああ、なにもかも忘れるわ」といって、僕を見つめる。息が止まる。心が溶ける。あわててワインをごくりと飲む。
ワインの豊穣が広がって、なにかいわなきゃと思う。
「実は困ったことがあって」。
ワインの優しさか彼女の人格に甘えたのか、思わず口をついたのは、小さな悩み事だった。
ひと通り話を聞いた彼女は、ぽつりと言う。
「しょんなか」。
そして再びワインを飲み、黙って微笑む。
そう仕方ない。焦っても悩んでも仕方ない。ひと言で吹っ切れた僕も、ワインを飲む。
その時後ろに流れる音楽は何がいいだろう。
カーペンターズ「イエスタデイ・ワンス・モア」。ヴァネッサ・ウイリアムス「セイブ・ザ・ベスト・フォー・ラスト」。マライア・キャリー「ヒーロー」。いい感じである。でも女性シンガーじゃない気がする。
ブライアン・アダムス「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」。エアロスミス「エンジェル」。うん、いい感じだぞ。
しかしドラマチックになりすぎるのも、過剰である。抑揚の効いた大人のラブソングで、空気をしっとりと湿らせたい。
思いついたのが、ナット・キング・コールがスペイン語で歌ったアルバム「コール・エスパニョール」から、「テ・キエロ・ディヒステ」である。
香港映画「花様年華」でも効果的に使われていたので、存じの方もあろう。妙なスペイン語でじっとりとうたう、コールの声が、ワインに染みていく。
映画では、この曲が流れることによって、既婚者同士の不倫の切なさが、伝わってきた。白い象牙のような手を取って口づけし、愛を確かめ合うといった詩が、悲哀を加速させる。
でも、だからこそ、そこには美しさがある。どうもまた、酔ってきたようである。妄想が独り歩きする。
できれば吉瀬さんは、チャイナドレスを着ていてほしい。チャイナドレスと白ワインとチーズ。そのミスマッチが、品と色気を呼んで、謎を深めていく。
ああ、このまま時間が止まってくれ。僕は願う。でもいつか現実に戻されるのだ。都会の汗と速度にまみれ、夢の恋から目覚める時が、必ず来る。
そんな僕の心を見通し、彼女はワインを飲む。いまこの時間を楽しむのよ、と目で言う。そして慰めるような口調で、言う。
「しょんなか」。
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