音楽の楽しさを、たくさんの人に知ってもらいたい。
才能あふれる若きピアニストは、ワインに出会う。
ピアニスト Shiori

Shiori
都立芸術高校音楽科を卒業後パリへ留学。6年間のパリ15区のアパルトマンに暮らし、音楽だけに留まらず絵画や建築などの芸術、ワインや食の文化に触れ研鑽を積む。帰国後はアナウンススクールに在籍し、音楽を言語化し、よりクラシック音楽を身近な文化として日本全国に広めるべく、『おしゃべりなピアニスト』として全国行脚するほか後進の育成にも従事している。

スタイリング/小泉美樹

最初からワインだった

一度、ワインが好きになってしまうとついつい忘れがちなのが、自分がなんでワインを飲み始めたか、ということだ。

ワインはほかのお酒とくらべると、親や先輩にすすめられることもすくなく、なんとなく敷居が高くて近寄りがたいものに感じがちだ。それに、最初のワイン体験が、あまり幸福なものでなかったせいで、そのあとも、ワインを敬遠してしまうひともいる。

けれどもそれは、やはり日本ならではの事情ではあって、ワインが日常的に飲まれているところにいけば、ワインはずっと身近なものだ。

「成人したのがパリで、最初に飲んだお酒がワインだったんです」というピアニスト、Shioriさんは、ワインにパリで出会った。

ピアノの先生だった母親の影響もあって、幼いころからピアノがおもちゃがわりだったShioriさんは、徐々にピアノの世界にのめり込むようになり、高校卒業後、フランスに渡る。

海外を志したのは、高校生のころにポーランドに短期留学して経験した解放、そして、その後、南仏に留学した際に出会った将来の師から誘われたことがきっかけとなっている。

「あれをしないといけない、これをしてはいけない、とルールにとらわれて視野がせばまっていた自分をポーランドで知ったんです。初めて心の扉を開けたような感覚でした」

日本を出たことで、呪縛から解放されて「自分はなんでもできる」と感じたこと、実際に、その経験が表現力を一気にひろげたことが大きかった。

以降は、パリ国立地方コンセルヴァトワールピアノ科を満場一致の首席で卒業、同時に同音楽院伴奏科・室内楽科及びブローニュ国立地方コンセルヴァトワール室内楽科を卒業。第88回レオポルドベラン国際音楽コンクール室内楽部門第1位受賞、など、その経歴は華々しい。

海外生活の6年はパリで暮らした。となれば、友達同士で食べ物を持ち寄って、誰かの家や公園で食事をしながら過ごす、ちょっとしたパーティーは、学生の休日の定番。そして、そういう場所には、やっぱりワインを持っていくのがフランス流。Shioriさんはボルドー出身の友人に、2011年と2015年の赤がいいといわれて、ワインを持参するときは、それを選んでいた。

フェット

休日のパーティーは公園の芝生の上で、などということもある。親しい友人だけでなく、友達の友達、先輩後輩など、ちょっと距離のある人もメンバーにくわえるのがコツ

撮影/Shiori

「ワインのことがわかるわけでもなく、赤ワインの味も、最初は好きではなかったんです。でも、手近で手頃で、みんなで分け合って楽しくなれるものだったのでワインは欠かせませんでした」

そんな経験を重ねるうちに、徐々に自分の好みを認識するようになる。フランス流のワイン入門だ。

その後、ブルゴーニュのワイン畑へのツアーに参加することになって、ワインを見る目が変わった。自分が生まれた年のピノ・ノワールは、目から鱗が落ちるほど美味しかった。ワインをふんだんにつかった煮込み料理、源泉から弱々しく流れるセーヌ、そのまわりで育つブドウ、かつては地域のワイナリーだった修道院ーーブルゴーニュの歴史と生活に一体化したワインに出会って、一人のワイン好きが誕生したのだ。

この記事を書いた人

WINE-WHAT!? 編集部
WINE-WHAT!? 編集部
「なんでこんなにうまいんだ!」


「フランスやイタリアの真似をして、たんにコピーをつくったところで尊敬は得られない。自然とどう関わるか」


「ワインも生きている。ブドウも土も、どれも」


「大事なのはひとの問題なんです」


「マニフィーク」



日本のワイン界のレジェンド、麻井宇介と彼の意志を継いだ若者たちの物語
10月20日公開 映画「ウスケボーイズ」より