クリスタル・ヴィノテック 1995
そしていよいよ、ヴィノテック1995である。はたして、1本12万円のシャンパンやいかに?
「ルイ・ロデレールにはアーカイブがある。書物のアーカイブもあるし、液体のアーカイブもある。わたしはその液体のほうを紐解いて、複雑さ、年月によってどう変わってゆくかを把握していった。そして、ルイ・ロデレールのワインには20年の時間をかけてシャンパン造るポテンシャルがあると感じた。フレッシュさを最大限のこしながら、やわらかで、ブーケのように複雑で、テクスチャーが溶け合ったシャンパン。それを、ワインを確かめ、経過を追いかけながら探っていった」
訳すと散文的ながら、フランス語では詩的な言葉を選びながら、レカイヨンはこのように説明した。
そして、その造り方をさらに散文的に説明すると以下のようになる。
まず、シャンパンを澱とともに地面と水平に寝かせる。8年間この状態にすると、テクスチャー、物質感をシャンパンが獲得する。
8年後、コルクを下にして倒立させる。この状態で6年おく。こうするとフレッシュさが戻ってくるという。
そしてデゴルジュマン。「すごくクリアな状態にする」そうだ。ここからさらに7年間、シャンパンを休ませる。すると、テクスチャーにフレッシュさがまざりあうという。合計21年。
21年である。21年前、何をしていただろう? 21年後、何をしているだろう? 澄み切った「クリスタル・ヴィノテック 1995」を眺めていると、そう自問せずにはいられない。それだけの時間をひとつのシャンパンのために費やしているのだ。
「さあ、飲んでみてください」とレカイヨンに促されて、グラスに鼻をつっこむと、なるほど、パンのような酵母の香り、熟成されたシャンパンならではの食欲をそそる香りが、ほのかに、しかし、たしかにする。これは若いシャンパンにはマネできない、ヴィンテージの魅力だ。ところが、口に含むと驚くほどみずみずしく、フレッシュで、酸がピンとしていて、泡立ちもきめ細やか。これが本当に1995年のヴィンテージシャンパンなのか。熟成されたシャンパンと若々しいシャンパンの、その最良の表現の「いいとこどり」ではないか、とビックリしているとーー
「21歳です。でもそんな感じは、しないでしょう?」とレカイヨンは見透かしたように同席した面々を見渡した。そして、「ヴィノテック 1995を言葉で表現するならば、『永遠の若さ』です」と微笑むのだった。
いや、ここでは終わらない。まだロゼがある。世界でたった150本のロゼが。ピノ・ノワールはアイ村の2箇所で、そしてシャルドネはアヴィズ村とメニル・シュール・オジェ村のそれぞれ1箇所で収穫されたものを使っているそうだけれど、基本的な造り方は白とおなじ。8年間水平、6年間倒立で過ごし、その後7年を経た21歳だ。1974年の初のロゼ以来、ルイ・ロデレールの伝統的な製法で、ロゼは低い温度でマセラシオンして、やさしく色をだし、白とあわせることでつくられる。そのピンク色は、さすがに21年を経て薄めとはいえ、驚くことに、このロゼには「ヴィノテック 1995」に勝るフェレッシュさがあり、そのうえでより奥深いのだ。
「大成功かつ大発見だった」と満足そうなレカイヨン。「これまで時間は充分にかけた。いまが飲み頃。ここからはあまり時間をかけないで、味わってほしい」とも。
21年の冒険の果てにうみだされた150本と450本は、いつ、どんな時に、栓を抜かれるのだろう。クリスタルには時間が必要だ、とレカイヨンはいった。時間は、このシャンパンを造るレカイヨンたちにとってはもちろんのこと、このシャンパンを口にする幸運に恵まれたひとにとっても、キーワードになるように感じられる。21年かもしれないし、天文学的な時間かもしれないし、刹那かもしれないし、過去かもしれないし、未来かもしれないけれど、いずれにしてもこの、若々しさと成熟とが同居するシャンパンと、時に思いを馳せずに向き合うのは、困難なことにおもわれる。願わくば、もっと個人的に出会いたかった。大切な一時が、このシャンパンによって、きっと長く記憶にのこりつづけるだろう、とおもう。このシャンパンを手にする人が、うらやましい。
クリスタル・ヴィノテック 1995
ピノ・ノワール57%、シャルドネ43%
総生産量|450本
ドザージュ|8g/L
シャンパーニュがシャンパーニュらしかった年である1995年ヴィンテージのシャンパン。マンゴーなどのエキゾチックフルーツやカカオ豆、ホワイトチョコレートのアロマ。精密さと優しさを兼ね備えた官能的な口当たり。石灰質土壌の真髄であるチョークがかったテクスチャーは高貴なフレッシュ感を生み出しており、ピュアな余韻が持続します。