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    日本人女性醸造家「Small Forest」ラドクリフ敦子さんにきく

オーストラリア ワインの旅 その4
日本人女性醸造家「Small Forest」ラドクリフ敦子さんにきく

私が「アッパー・ハンター」を選ぶ理由

ハンター・ヴァレーに、現地で活躍する日本人女性醸造家がいる。旧姓の小林から名付けた「Small Forest」のラドクリフ敦子さんだ。ワイナリーは、ハンター・ヴァレーのなかでも「アッパー・ハンター」と呼ばれる場所にある。


Small Forestのラドクリフ敦子さん

アッパー・ハンターってどんなところ?

話を聞くまで、シドニーから車で約2時間で着くのはローワー・ハンター(Lower Hunter)、いわばハンター・ヴァレーの入り口で、その先にアッパー・ハンター(Upper Hunter)があることすら知らなかった。

実際、単にハンター・ヴァレーというと、ローワー・ハンターをさしていることも多く、大多数の観光客はローワーで止まってしまう。オーストラリアで活躍する日本人女性醸造家、「Small Forest」のラドクリフ敦子さんは、なぜローワーではなくアッパー・ハンターをワイン造りの地に選んだのだろうか。魅力を聞いた。

ーーアッパー・ハンターでしかできないことはありますか?

ワインに限らず、チーズ、オリーブ、肉、などなど、他の産物と合わせたツーリズムができます。

また、トレッキングや、キャンプ、ダム、アートでも近年は注目を浴びています。ローワーのように観光地化されていない。セラードアでも、ゆっくり相手をしてくれると言われます。泊まるところも、さまざまな用途に合わせて素敵なところがたくさんあります。

近頃は「ローワーは十分楽しんだから、こちらに来てみたらとても良かった」というお客様がよくいらっしゃいます。ダイナミックな地理。星空も綺麗です。シドニーから少し遠いというのが残念なところですが、雄大なアッパー・ハンターを十分に開拓できます。

ーー敦子さんはなぜアッパー・ハンターに?

私は、かつてアッパー・ハンターにあった「ローズマウント・エステート」で7年、リザーブ・ワインメーカーとして働きました。そこで、とてもたくさんのことを学びました。就職した1999年当時、国内で5番目に大きな会社でした。それも、家族経営の会社でです。

輸出が2/3、イギリスとアメリカにそれぞれ 1/3ずつ、そして、国内消費が1/3でした。ローズマウントといえば誰でも知っている、オーストラリアの信頼できるブランドでした。

ここで、醸造家のフィリップ・ショーのもとで学んだこと、仲間と一緒にワインを造ったこと、とても厳しかったけど、同時にとても楽しかったこと、私にはかけがえのない時期を過ごしたのが、ここアッパー・ハンターです。

それは、アッパー・ハンターが、すばらしい葡萄の産地であることが理由のひとつだと確信しています。リザーブクラスのシャルドネを、あれだけの量のワインをハンターからの葡萄で造れるというのは、大変なことです。葡萄の産地として、すばらしいということは、紛れもないことです。

テイスティングしたSmall Forestのワインは、シャルドネ、ヴァデーロ、ロゼ、シラーズの4種類。難しいことは考えなくとも、素直に響いてくるワインだった。

地域との共存

しかし、ローズマウントがここから撤退してしまったことで、この地域の状況が一変しました。撤退したのは、産地の問題ではなく、会社の経営体系からの理由です。

自分のワインを造る……その機会が訪れた時に、資金はないただの普通の人が、こんなことを始めて良いものか、やれるのか、とても悩みました。でも、今までのアッパー・ハンターの経過を目の当たりにしてきた私にとって、ここで少量でもいいからワインを造り続けることがとても大切なことだと思ったのです。理由はそこです。

かつてはもっとワイナリーがあり、活気がありました。アッパー・ハンターといえば、日本でさえも認知される地域でした。それが今では、ハンターはローワー・ハンターだけだと思われている始末です。これはアッパー・ハンターに住んでいる私にとって、今まで葡萄栽培やワイン造りに関わってきた人たちにとって、大変寂しいことです。小さくてもいい、やってみようと思ったのです。

もうひとつ理由があります。

以前、いま私がいるワイナリーは別の持ち主がいましたが、鉱山会社がこの辺り一帯を買収しました。新しい鉱山を始めるためです。前のオーナーは出て行きました。そこをリースしています。

この新しい鉱山のゴールは「共存」です。現在ある農業と鉱山の共存を目指しているのです。共存するために、露天掘りではなくて、地下堀をする計画です。

このあたりは良質の石炭が取れるため、大きな鉱山会社がすでに露天掘りで石炭を掘り出しています。多くの雇用を供給しているのですが、ダストが出る、公害だと、住民の中にはアンチ鉱山派も大変多くいます。私は、大反対でも、大賛成でもありません。しかし、大きなワイナリーがなくなった今、雇用の供給は重要です。そのおかげで皆生活できるのです。また、今ある農業も大事にしていかなければなりません。

今までに、このように共存を目標に鉱山を開発している例がないのです。もし、それが本当に可能であれば、どちらも譲り合いながら生きていけると思うのです。一方的に相手を攻撃するのは良くないと思います。アンチ鉱山派は「ダメ」としか言いません。

私はそれはあまり良いこととは思わないのです。双方話し合って、譲り合って生きていかなければいけないと思うのです。そんな経緯もあり、それが実現するのなら、私も協力したいと思っているわけです。

このように、地域との関係が大きく私の起業に影響しています。もちろん、この先どうなるかわかりませんが、できる限り頑張っていこうと思っています。

ーーワイン造りの点での違いを教えてください。

まず、ローワー・ハンターは、海岸部の天候の影響を受けるので、雨も沿岸部の雨が入ってきます。アッパー・ハンターに、それは届きません。一方、アッパー・ハンターの雨は、内陸部からやってきます。大抵は、夏場はストームです。

そしてアッパー・ハンターの方が、気温は高く、夜間の温度も湿度も低いです。 夏場の気温は、40度を超えます。冬は最低もマイナスになります。雪は降りません。

ーーワインのスタイルはどのように違ってくるのでしょうか?

ローワー・ハンターは、セミヨンが大変有名で、すばらしいワインが沢山あります。アルコールが低めで、新鮮でジューシーでとても飲みやすいと思います。以前は、エイジングされたセミヨンが良いと言われていて、そのようなワインはリリースしてすぐは飲めないくらい酸が高かったと思いますが、近年は新酒でも本当に飲みやすいワインが多いと思います。

大きな違いと言えば、(少し考えて)ヴァデーロならアッパー・ハンターは香りが高く豊かだと思います。シャルドネも同じく熟した豊かな果実味があると思います。

ディナーでは、敦子さんのワインを4種類いただいた。

中でもヴァデーロは、華やかな香りと飲みごこちの良さ、春風のようふわりと優しい余韻がある。ヴァデーロは、ポルトガルではベルデーリョと呼ばれ、マデイラに使われる品種だが、ここハンターでは昔から栽培されている。「女性醸造家が造った」という枕詞の宣伝文句には辟易することもあるが、本当にそういいたくなるような、たおやかさがあった。

何より心動かされたのは、自分が造りたいワインを造るという根底には、地域との共生という大きな信念があったことだ。敦子さんの静かに燃える炎の原点に触れた気がした。

この記事を書いた人

水上彩
水上彩
シャンパンと日本ワインを愛するライター。ワイン愛が高じて通信業界からワイン業界に転身した。最近は、毎日着物生活をめざして「きものでワイン」の日々を送っている。ワインの国際資格WSETのDiploma取得に挑戦中。

ブログ:余韻手帖 |きものでワイン http://muse-bacchus.com/

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