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山の天気は変わりやすく、雨雲が垂れ込めてきたドロミテ山塊。この山々で苦灰石を発見したドロミューに由来し、また苦灰石はドロマイトと呼ばれるが、土壌に苦灰石が含まれるのは南部のバッサ・アテシーナに限られる。

ふたつの文化をもつイタリア最北の州

ヨーロッパでは、国境周辺の地域が隣接するふたつの国の歴史に翻弄されることは珍しくないが、アルト・アディジェもまたその典型的な例のひとつである。神聖ローマ帝国やオーストリア・ハンガリー帝国の領土だったこの地方は、第一次世界大戦でハプスブルク家が崩壊すると、イタリア王国が支配。ファシズムの台頭によりイタリア化政策がとられ、第二次世界大戦後にドイツ語系住民とイタリア語系住民との間で確執が表面化した。協定により強力な自治権が認められることが決まり、紛争は収束。今日、トレンティーノ=アルト・アディジェ州は北のボルツァーノ自治県と南のトレンティーノ自治県に分かれ、前者にはドイツ語系住民が、後者にはイタリア語系住民が多く 暮らしている。そして北部のボルツァーノ自治県こそ、すなわち今回取材したアルト・アディジェ。別名、南ティロルなのである。

したがって、ワイン造りもどこかオーストリア的な趣きが感じられ、グリューナー・フェルトリーナーが栽培されている地域もある。地政学的に見て、ドイツ系やオーストリア系のブドウ品種が植えられていることは容易に理解できるが、ピノ・ビアンコやソーヴィニヨン・ブラン、それにシャルドネといったフランス系の品種が栽培されている理由はなぜだろうか。

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標高1150 メートルの高地にあるブドウ畑。品種はピノ・ネロである。気候変動によりブドウが過熟することを憂い、より高い場所に畑を切り開く傾向がある。

これらの品種をアルト・アディジェに持ち込んだのはヨハン大公で、1850年頃のことである。大公はオーストリア皇帝フランツ2世の弟君で、軍を退役した後はフランスを旅し、シュタイアーマルクの発展に尽力した。じつはシュタイアーマルクにソーヴィニヨン・ブランを導入したのも大公。フランス系品種ばかりかリースリングもアルト・アディジェには持ち込んでいる。

ところでアルプスの麓にある、イタリア最北のワイン産地と聞けば、誰もが冷涼な気候を想像するだろう。たしかに白ワインの生産量が6割を占めるし、ブドウ畑に混じってリンゴ農園も多い。ところが、中央アルプスの山々が冷たい風を遮り、むしろ南の地中海からやってくる、温かい気流の影響のほうが大きいのだ。

そのため、標高200メートルほどの盆地では、スキアーヴァやラグレインなど土着の赤ワイン用品種に混じり、とりわけ温暖な気候が要求されるカベルネ・ソーヴィニヨンが栽培されている。その一方、ミュラー・トゥルガウやリースリングといった冷涼な気候に適した白品種は、標高1000メートル近くの高地にブドウ畑をもつ。

それぞれの造り手のそれぞれのワイン

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フランス・ハースの「ピノ・ネロ」(右)と「マンナ」(左)。マンナはリースリング、シャルドネ、ソーヴィニヨンに遅摘みのトラミナー・アロマティコをブレンド。

フランツ・ハースでは4年前、標高1150メートルの高地でピノ・ネロの栽培を始めた。かつて500メートル以上の畑にはDOCが認められなかったが、気候変動への対応として当局を説得、2010年に標高の上限が解除されたという。これだけ高ければ昼夜の寒暖差が大きく、新鮮な酸味が保たれる。それに高地なら地平線が低くなり、周囲を高い山に囲まれた盆地よりも長い日照時間に恵まれるという理屈だ。

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ティフェンブルンナーの「フェルドマーシャル」(左)と「レンティクラルス・シャルドネ」 (右)。前者は標高1000メートル、斑岩土壌の畑のミュラー・トゥルガウ。

同じように1000メートルの高地でミュラー・トゥルガウを栽培するのがティフェンブルンナー。ここの「フェルドマーシャル」と名付けられたミュラー・トゥルガウは、白桃にアプリコット、グアヴァを思わせる華やかな香りに、オイリーな肉付きながらキリッとした酸味が調和を保つ、じつに優れもののワインだった。試飲した2013年のワインには、25パーセントの貴腐ぶどうが含まれていたらしい。

テルラーノのクラウス・ガッサーは、「アルト・アデジェではピノ・ビアンコこそ、フランスのシャルドネに対抗し得る品種」と豪語する。試飲に入るや否や、2種類のワインをブラインドで出してきた。片方がブルゴーニュの上等なシャルドネであることは一目瞭然で、もう一方のワインもしっかりしたボディによい緊張感を漂わせている。なんとエティエンヌ・ソゼのシュヴァリエ・モンラッシェに自社の最高峰「テルラーナー・プリモ」をぶつけてきたのだ。さらに2007年の「ピノ・ビアンコ・フォルベルク・リゼルヴァ」を味わい、この品種の熟成ポテンシャルの高さを認めざるを得なかった。

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テルラーノのクラウス・ガッサー。ブルゴーニュのグラン・クリュと同社フラッグシップの「テルラーナー・プリモ」 をブラインド・テイスティング。

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テルラーノがアルト・アディジェを代表する白品種とみなすピノ・ビアンコ。標高の高い土地で栽培することにより、酸とテンションがもたらされる。

一方、2013年のピノ・ビアンコがガンベロ・ロッソのトレ・ビッキエーリを獲得したにもかかわらず、憤懣やるかたないのがサン・ ミケーレ・アッピアーノの醸造長、ハンス・テルツァー。彼の自信作であり、過去18回、イタリアワインの評価本であるガンベロロッソの最高評価であるトレ・ビッキエーリに輝いているソーヴィニヨン・ブランが、2014年産は逃したからだ。全体の1割を樽発酵させたこのワインは、パッションフルーツやグレープフルーツなど華やかなアロマをもち、果実味と酸味の調和がとれた、素晴らしいワイン。なぜこれがトレビッキエーリに値しないのか? 彼の悔しさもよくわかる。

ボルツァーノの北東にあるイサルコ渓谷は、この地方でもっとも寒い産地で白ワインが主流である。ウィーン近郊にあるクロスター・ノイブルクの親修道院というアッバツィア・ディ・ノヴァチェッラでは、素晴らしいシルヴァーナーやグリューナー・フェルトリーナー、そ れにケルナー、リースリングが造られている。土壌は花崗岩やシスト(片岩)で、それがワインに緊張感や塩味を与えているようだ。

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サン・ミケーレ・アッピアーノの醸造長、ハンス・テルツァー。この地のソーヴィニヨン・ブランを一躍有名にした。自家用車はポルシェ・マカン。

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見事な彫刻が彫られた大樽。サン・ミケーレ・アッピアーノは加盟農家335軒、総面積380ヘクタールの協同組合。アルト・アディジェは協同組合の力が強く、かつ高品質。

それに対して標高が低く、温暖なカルダロ湖周辺は赤ワインの産地。スキアーヴァはこの地方におけるボージョレのような存在で、やや冷やし気味にして気軽に楽しめる。ラグレインはもっとシリアスな赤で色が濃く、煮詰めたチェリーやプラムのアロマをもち、緻密なタンニンが心地よい。このエリアで最大(といっても30ヘクタール)の自社畑をもつカステル・サレッグのラグレインは、スタンダードもリゼルヴァも果実味の凝縮感に富み、タンニンは滑らか。酸味のバランスがとれ、実に上質な赤ワインだった。またこの醸造所がモスカート・ローザから造る甘口ワインも興味深い。

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アバディア・ディ・ノヴァチェッラのシルヴァーナー(左)とグリューナー・フェルトリーナー(右)。ウィーン近郊にあるクロスター・ノイブルクの親修道院と聞き納得。

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ハプスブルグ家の血を引く、カステル・サレッグのクエンブルク伯爵。ユーゲン様式の城館はシェーンブルン宮殿と同じ、薄いクリームがかったイエローで塗られている。

「サンタ・マッダレーナ」は固有のDOCをもつ、歴史的にアルト・アディジェで最も名の知れた赤ワイン。ボルツァーノの東に位置するサンタ・マッダレーナの丘を中心としたエリアで、スキアーヴァを85パーセント以上用いなければならない。協同組合の「カンティーナ・ボルツァーノ」でももちろんこのワインが造られており、フレッシュでピュアな酸味が心地よい。しかし、この協同組合でも力を入れているのはラグレイン。リゼルヴァは骨格のしっかりした重厚なワインだった。

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モスカート・ローザはクロアチア起源の品種とされ、シチリアを経由し、1890年代に伯爵の祖母がアルト・アディジェに持ち込んだという。甘口赤ワインになる。

日本人の嗜好にもうまく合いそうなアルト・アディジェのワインだが、ひとつの懸念は価格である。その点、ケットマイヤーのワインは比較的リーズナブル。シャルマ法ながら澱との接触期間を9ヶ月と長くとったスプマンテ「グランド・キュヴェ・ブリュット」は、味わいに深みが感じられ上等。冷涼な標高750~800メートルの高地で、水はけに優れた斑岩土壌の畑のブドウから造られる「ミュラー・トゥ ルガウ・アテシス」も、アロマティックでフレッシュな酸味をもつ上質なワインである。

イタリアアルプスといったら、世界自然遺産にも登録されているドロミテ山塊。鋭い岩壁が聳え立つその姿には圧倒される。アルト・アディジェのワインはイタリアらしい陽気さよりも、厳しい自然環境との共存により育まれた、生真面目で誠実な性格だった。

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カンティーナ・ボルツァーノの「ラグレイン・リゼルヴァ」。この協同組合で一番重要な品種がラグレインだという。

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ケットマイヤーの「アテシス・ミュラー・トゥルガウ」と「グランド・キュヴェ・ブリュット」。この醸造所のワインは高品質の割に価格がリーズナブル。