2018年の4月にも来日した、シャンパーニュ アンリ・ジローの醸造責任者、セバスチャン・ル・ゴルヴェ氏が今年は5月の後半に日本にやってきた。その2018年の記事もぜひ、ご参照いただきながら、1年ぶりの今回は、もうちょっと突っ込んだアンリ・ジローの世界にお付き合いいただきたい。

醸造責任者セバスチャン・ル・ゴルヴェ氏。昨年比でちょっとふっくらしました? 手にしているのはアンリ・ジローのマルチ ヴィンテージ シャンパーニュの最高峰「フュ・ド・シェーヌ」

アルゴンヌ 2011

筆者、アンリ・ジローにはいささか贔屓目であることを最初に申し上げる。

というのは、発泡しているものを含めて、白ワイン全般に対して、樽に由来するとわかる香りや舌触りをつける、ということに個人的にちょっと抵抗があるのだ。こんなことを言うと数多の反論があることは承知している。そして、筆者のこの感覚に対しての、実に雄弁な反論、とショックを受けたのが、アンリ・ジローのシャンパーニュなのだ。以来、筆者はアンリ・ジローのシャンパーニュのファンである。

とりわけ、このほど、来日したアンリ・ジローの醸造責任者、セバスチャン・ル・ゴルヴェが日本のジャーナリストたちに、その2011年ヴィンテージをお披露目したアンリ・ジローの頂点に君臨するヴィンテージ・シャンパーニュ「アルゴンヌ」は、飲まずに死ぬにはもったいない一本だとおもっている。

そして飲む機会に恵まれたら、ぜひ、ボトルもゆっくり鑑賞していただきたい。

左から3本目、右から2本目が件のアルゴンヌ 2011年ヴィンテージである。ちなみに並んでいる4本は、左からエスプリ・ナチュール、フュ・ド・シェーヌ、アルゴンヌ、ソレラ ラタフィア シャンプノワ

黒いボトルは、どっしりとしたフラスコ型で、ガラスに「ARGONNE 2011」(Gの上ににはアイ村のYにちなんでウムラウト(トレマ)がつく)と彫り込まれている。フロントラベルの代わりには、筆者どなたか知らないけれど、ドイツ人金細工師のウヴェ・シェファーによるという金箔を使ったデザインがある。コルクは、アンリ・ジローのなかでも高級なシャンパーニュにおいてはそうなのだけれど、美しい金メッキがほどこされたフックのようなもので留まっている。

こちらがコルクを留めるフック状のパーツ。ソムリエナイフ等でも外せるけれど、通常販売されている木箱入のものを購入すれば専用のオープナーも付属する

ボトルの左肩のあたりにデゴルジュマンの日付が彫り込まれている

総生産量数千本というレア物なこともあって、希望小売価格は7万5千円。値段も迫力がある。

2011年ヴィンテージというのは、ヴィンテージ・シャンパーニュというくくりでいえば、いささかまだ若いのかもしれない。はつらつとしたところがある。そして、このシャンパーニュの味わいのなかには、ブドウ由来か樽由来か、はっきりしないほど溶け込んだ、それでも樽に由来するであろうと感じられる、香りや舌触りがあって、その樽のニュアンスの心地よさが、一般的なワインにおける樽のイメージをはるか彼方に置き去りにする。樽とブドウが互いを補い合い、高めあっている。人生をワインに捧げた経験豊富かつ原理主義的な「白ワインに樽はありえない」説を主張するブルゴーニュの頑固親父ですら、考えを改めるのではないだろうか、などと筆者は想像する。

筆者はこれ以上、このシャンパーニュを褒める言葉が見つからないので、ここからはセバスチャン・ル・ゴルヴェに聞いた話をすると、まず、2011年は、アイ村にとってはなかなか厳しい年だったそうだ。そしてアンリ・ジローの畑は基本的にアイ村にある。自社畑は8ヘクタールほど。そのほか、代々の付き合いの生産農家のブドウも使うけれど、アルゴンヌは自社畑のブドウ100%だ。ピノ・ノワールが90%で、シャルドネが10%。

「天才は苦しみから生まれるのです」

と、セバスチャン・ル・ゴルヴェは言う。セバスチャンによれば、アイ村は南向きで、ブドウは日光によってローストされている。また、マルヌ川がちょうどアイ村の正面あたりで蛇行していて、そのおかげで涼しい風がいつも吹いているのだけれど、これも、暑いときには救いにもなるけれど、涼しいときには、厳しい風にもなる。土地は、10cmほどの肥沃な表土の下は、シャンパーニュといえば、の石灰の層がつづく。痩せているのだ。こういう辛い環境につねにあるから、多少難しい年であろうと、それに右往左往しない、あるいはむしろ、厳しかったおかげで、よりよくなる、ということまである。2011年はアンリ・ジローのブドウにとって、そういう、苦しみがあったがゆえに、天才が育まれた年だった、とセバスチャンは言うのだ。アルゴンヌは2002、2004、2008年のヴィンテージがこれまでリリースされ、今回が2011年ヴィンテージ。毎年出す、とか何年おきには出す、という制約はないから、出さないという選択肢もあるなかで、あえての2011年。自信作であり、今後も熟成の可能性を秘め、もちろん、今飲んでもよい。シャンパーニュを代表する高級にして上質な他のシャンパーニュたちと並べても、決して、見劣りすることがない、極まった作品のひとつだ。

オークのグラン・クリュ

先にも申し上げているとおり、アルゴンヌには樽が重要だ。ブドウは、アルゴンヌを成す要素の片方でしかない。そもそも、アルゴンヌという名前自体が、樽に使われている木材の産地の名前だ。アルゴンヌというシャンパーニュは、アルゴンヌの森のオークで造った樽で、一次発酵と1年半ほどの熟成を経て、ボトリングされている。

アルゴンヌの森は、シャンパーニュのランスやエペルネから東にある。パリ盆地が出来た際にうねった大地が、シワのようになっている土地で、セバスチャンによれば、1950年以前には、シャンパーニュには樽メーカーがいくつもあり、そこではアルゴンヌの森のオークを使っていたという。ところが、この伝統は、国際化するワイン市場において、樽メーカーが寡頭化することで、小規模樽メーカーが廃業し、ほぼ、途絶えていた。

アンリ・ジローでは、しかし、シャンパーニュに使う木樽はアルゴンヌのオークであるべし、として、アルゴンヌの森のオークに着目し、2013年からは、フランスの林野庁(l’office national des forêts)とともに、アルゴンヌの森に投資し、樽材になるまでには短くても150年はかかるオークの樹の植林などを始めている。

もちろん、伝統的にそうだったから、というだけが、アルゴンヌのオークの選択理由ではなく、セバスチャンの義父であるクロード・ジローが惚れ込み、今日、セバスチャンがブドウ畑に通うように足を運ぶアルゴンヌの森には、ワインの造り手を魅了するものがあるのだ。何が魅力なのか、セバスチャンはこう言う。

「アルゴンヌの樹は、帆船の帆柱につかわれるような樹だったといいます。つまり丈夫で硬い樹なのです。アルゴンヌは土地が痩せていて、樹はゆっくりと育ちます。そのおかげで目の詰まった、硬い樹になるんです。樽にした場合、タンニンが染み込まない樽になります」

使うオークは基本的には斜面にまっすぐ生えているものだという。そして、以前の記事でも、オークにもテロワールがあるというセバスチャンの話は書いたけれど、それは、例えば、ということで、セバスチャンが今回挙げてくれた例だと、シャトリスは余韻のながい酸味が、バルミーはクリのような甘味とキノコっぽさが、シャラードはフルーティーさが、といったように、アルゴンヌの森のパーセルごとで、樽がワインに与える影響について、かなり具体的なノウハウがあることをうかがわせるものだった。現状、こんなオークのクリュを切り分け、語るシャンパーニュの造り手はアンリ・ジローくらいだろう。

アルゴンヌの森について、自らペンをとって図解してくれたセバスチャン。土木建築系出身でデッサン好きなのだ

こちらがその図解。アイ村で表土の下に石灰の層がつづくのとおなじように、アルゴンヌの森では、薄い表土の下に、ゲーズという痩せた岩の層があり、そこに根をおろした厳しい環境を生きる樹がよいのだそうだ

セバスチャンはさらに、樽への火入れも自分で管理しているという。火を入れてゆくに従って、樽はシロマツのような香りからスタートして、パンのカンパーニュみたいな香りになり、その後は、ちょっとスパイスが出てきて、そこからバターのきいたブリオッシュのような風味、そして、さらに火を入れるとグリオットのタルトみたいになるのだといい、そのグリオットのタルトのようになったところが、いい焼き加減なのだそうだ。

「アルゴンヌ」では100%、アルゴンヌの森のオークで出来た新樽を使う。その効果を造り手であるセバスチャンはどう評価するか、というと

「口に含むとミネラリティが歯茎に感じられて、アタックはフレッシュ、ピノ・ノワールのフルーティーさが広がります。そして、アンリ・ジローの畑ならではの要素として、塩っぽい感じがある。そこに、うっすらとアルゴンヌの樹の味がつくのです。アイのテロワールを最大限に生かしてくれる樹だとおもいます」

そう、手間暇をかけているのにもかかわらず、アルゴンヌのオークの効果は、うっすら、にすぎない。実際、味わってみても、このシャンパーニュがオーキーだったりは決してない。奥ゆかしく、ワインを下支えている。なければきっとワインは寂しいものになるだろうけれど、あっても主張しない。上品にして、なんとも贅沢である。

エスプリ・ナチュール

さて、アンリ・ジローのこの妙技は生産量ごくわずかにして高級なアルゴンヌをなんとかして飲まない限りは味わえないか、というと、たしかに、その最高峰の技はアルゴンヌを体験するに如くはない。とはいえ、筆者としては「エスプリ・ナチュール」という、スタンダードなシャンパーニュもおすすめしたい。スタンダードとはいえども、シャンパーニュ全体の年間の出荷量は、限られているとはいえ3億本ほどあり、かたや、生産量全体で25万本程度のアンリ・ジローであることを思えば、十分に希少なのだけれど、そのうちの過半を占めるエスプリ・ナチュールは、ぐっと身近な存在だ。

エスプリ・ナチュールは、いわゆる、ノンヴィンテージのブリュットにあたるシャンパーニュ。ピノ・ノワールが80%にシャルドネ20%。一部をアルゴンヌの木樽で、一部をタンクで発酵・醸造する。このタンクというのは、テラコッタ製の卵型のタンクだ(アンリ・ジローではいまやステンレスタンクは使わない。テラコッタのタンクについても2018年の記事をご参照あれ)。リザーブワインは50%程度と、使用率が高い。

セバスチャンによれば、その味わいは
「まずシャンパーニュの特徴である石灰を感じられて、からっとしてる。瑞々しさ、アニスやメンソールの風味は、マルヌ川からの風のおかげ。フルーティーさと力強さは、アイ村にさす太陽の力。余韻は長く、塩っぽい感じがあるとおいます。それは我々の畑ならではの特徴です。」
とのこと。

シャンパーニュのノンヴィンテージのブリュットというのは、本来、そういうものかもしれないけれど、この「エスプリ・ナチュール」には、アンリ・ジローのシャンパーニュを成す、基本的な要素がつまっている。

アンリ・ジローは日本で人気がある。モナコとかで優雅にヴァカンスを楽しむセレブリティたちが愛し、ワインのプロが好評価を下しながら、生産量の少なさから、幻の……などといわれて、その名が日本で知られ始めたのは2010年ごろとわりと最近。アルゴンヌやフュ・ド・シェーヌといった、ラインナップのなかでも高級なシャンパーニュのほうから有名になり売れていったという。最近やっと、「エスプリ・ナチュール」も知られてきたのだそうなのだ。

ちなみに、農薬や除草剤、殺虫剤に由来する成分は0という検査結果もえているそうだ。これは単に、オーガニックで造っている、などということではなくて、土壌に残留しているものも含めて、いわゆる化学的な物質がワインのなかに一切ない、ということで、故にエスプリ・ナチュール(自然の精)という。

エスプリ・ナチュールのバックラベル。セバスチャンが指さしているQRコードから、残留農薬の検査結果を確認できるそうだ

アンリ・ジローは、決して大規模なメゾンではないけれど、ブラン・ド・ブランにあたるものがヴィンテージとノンヴィンテージで2種、ピノ・ノワールの亜種でアイ村の土着品種というプティ・ドレ100%のブラン・ド・ノワールなどもあり、ラインナップは豊かで、かつそれぞれが個性的というところも面白い。

さらに、この日は、「ソレラ ラタフィア シャンプノワ」というワインも試すことができた。ラタフィアは果汁にアルコールを添加した、甘口の酒精強化ワインで、シャンパーニュの造り手たちが自分たち用につくっていた酒に起源がある、伝統的なもの。アンリ・ジローでは、これも、アルゴンヌのオーク樽で熟成している。スティルワインであるコトー・シャンプノワもある。こうして、シャンパーニュの地方色を歴史あるメゾンならではの技で楽しませてくれる、サービス精神もまた、優雅だなぁ、と筆者はおもうのである。

シャンパーニュの風景が、日々の営みが目に浮かぶ。実際に訪ねたことはないけれどーー

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WINE-WHAT!? 編集部
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つゆ来りなば 夏遠からじ


緑が空の青さに輝いて


夏のお嬢さん ビキニがとってもステキね


夏はこころの鍵を甘くするわ ご用心


誘惑の甘い罠


お酒はハタチを過ぎてから