世界中の貴族が渇望してきたワインの産地、ボルドー。
シャトー建築が各地でシルエットの優美さを競い、緻密な剪定を施されたブドウ樹が延々と並ぶ様は庭園のよう。その足元に広がり連なるのが、土、である。ただの土にブドウ樹が根を張り、幾多の生命体が激しく活動し、ワイン文化の興隆が委ねられる。一方で、かたちを自在に変え食文化を彩ることも。
何気ない存在ながら偉大な土との付き合い方をボルドー在住の2名がそれぞれの立場から語ってくれた。
さあ、目を凝らして足元を見よう、手で触れよう。


サントリーは文化なき侵入者だったのか?

1983 年、日本企業のサントリーがシャトー・ラグランジュの経営に参画。今でこそ中国の投資家が次々とシャトーを買収しているが、当時は欧米でなくアジア系のオーナーなんて前代未聞であった。しかも無名のシャトーではなく、勢いを失っていたとはいえメドック格付け3級の由緒正しきサン・ジュリアンのシャトーである。多くのボルドー人、いやフランス人が困惑の表情を浮かべたはずだ。

だがその後、急速に3級格付け以上の実力を付けて復権を果たした事実も、また周知されている。サントリーの惜しみない賛助の一方、日本的なるものを前に出さず、あくまでワインの品質本位で勝負に挑んだ姿勢によるものだ。

2005年からシャトー・ラグランジュの副会長を務めてきた椎名敬一さんも、外国人オーナーに向けられる視線をよく理解している。

シャトー・ラグランジュ副会長 椎名敬一さん
取材前、ちょうど畑から戻るフランス人スタッフにオフィスの場所を尋ねたところ、彼らは「今日は日本から椎名さんの取材に? やさしい人なんですよ、椎名さんはね……」と笑顔で人となりを語ってくれた。スタッフとの信頼関係は抜群のようだ。

「私たちはアウトローとしてボルドーへ入ってきています。20年以上も関わり、もちろん受け入れてくださる方もいらっしゃいますけど、皆が皆ではありません。『ラグランジュは技術的に優れている』と言いつつ、それは暗に『工業的』とする日本人への嫌味であることも。それをすべて承知の上で、ここでチャレンジしているのです」

サントリー参画後、ただちに最新鋭の温度コントロール機能付きタンクを導入するなど設備面を充実させたことで、さらに〝工業の日本〞のイメージを強化させてしまった面はある。一方、同じタイミングで畑では大規模な改植を行っていた事実にも目を向けたい。年月が経ち、樹齢とともに品質は明らかに向上した。

ポイヤックは力強く、マルゴーはエレガント。サン・ジュリアンは地理的にもキャラクターも、ちょうどそれらの中間にあると語る椎名さん。

「果実味感とのバランスをとり、極端な個性は出さないのがサン・ジュリアンらしさ。サン・ジュリアンのなかでも区画ごとにブドウの個性は千差万別ですから、最後はブレンドで完成させます」

強すぎない個性と、無難さとは違う。85年に植えたプティ・ヴェルドを多い年で17%もブレンドしたのは、椎名さん曰く「異質」。カベルネに頼り過ぎないブレンド比率に、ラグランジュとしての個性が伺える。当たり年にはカベルネの比率が上がるけれど、上げ過ぎるとラグランジュのスタイルにそぐわない。そういったヴィジョンは10年、20年単位で構築されてきた。

「ワイン造りは、頭で考えることではないのです。畑で樹を見て、ブドウを味わって、そこでジャッジする。畑できっちり仕事をするだけで、結果は出ます。そして、半分以上をセカンドワインにまわすだけでもだいぶ変わります」

そして、たとえセカンド用でもブドウは徹底して完熟させるのがラグランジュの矜持。畑のコントロールが造りの要であることは、今後50年、100年先も変わらない。

ボルドーの土でうつわを象る

「粘土質」とのワードから、ワイン好きが思いつくのは「メルロ向き」「水はけが悪い」あたりだろう。粘土質土壌を前にして、ピュピエ育代さんが思いついたのは「うつわが作れる」。粘土といえばうつわの材料、との発想からスタートし、彼女は陶芸家への道を突き進んだ。

陶芸家 ピュピエ育代さん
家族の時間を大切にしつつ、作陶は短期集中。ろくろを使ってひとりコツコツ仕上げるため、育代さんの作品数には限りがある。稀少なうつわをウッカリ欠けさせたり割ったりしてしまった顧客の嘆きに応じるべく、昨年からは金継ぎを特訓している。

「小さな作品を作るのも好き」と育代さん。漏斗群は本来の用途のほか、皿に伏せて置くと野花の一輪挿しに。ほか、ナイフレストになるナプキンリングなどアイデアの光るアイテムが多々。

日本に暮らしているときからチーズとワインが大好きだった育代さんは、「現地ならチーズを安く食べられる」と28歳で渡仏。最初はブルゴーニュを拠点としてチーズ生産者を訪ねてまわり、気が付けばワインよりビール派のフランス人と結婚(笑)。旦那の仕事が節目を迎え、住まいをどこにでも移せるとなったタイミン グで、「そういえばボルドーは行ったことないけど、大きな都市だし気になるよね」と2人の意見が一致し、引っ越しを果たした。チーズの知識を活かし、ボルドー市内でチーズショップに勤めていたが、妊娠をきっかけにアントル・ドゥ・メールの静かな地へ移住。そして2011年のある日、ブドウ畑沿いに建つ我が家の庭を覆う粘土質の土にインスパイアされ、使い方もよく分からないまま焼成用の電気窯をポンと購入……

自宅脇に増築されたアトリエ。ボルドーで木造の家は珍しい。

「もともとうつわ好きでしたが、陶芸に関してはネットで情報収集しながらの自己流です。陶芸家のブログを参考にしたり、分からないことは質問メールを直接送って教えてもらったり」

そうして今、彼女はプロの陶芸家なのである。チーズもそうだが、育代さんは好きなことを趣味のレベルで終わらせない。陶芸も、始めはバザーに恐る恐る出して感触をつかみ、次に陶器市や展示会で売るようになり、ドイツのマイセンで個展を開催するチャンスが舞い込み……と着実にステップアップ。現在はボルドー市内、サン・テミリオン、ディジョン、はたまた遠く日本のレストランから、大皿や丸いお重など様々な注文が舞い込む。

そんな彼女には、土を介してシャトーとの接点が生まれていた。いろいろな土に触れたい陶芸家の性を知る友人知人が、「これを使ってみれば」と各地の土を持ってきてくれるように。そのなかで、シャトー・ラグランジュの白い土と巡り合ったのだ。ラグランジュの土といってもブドウ畑ではなく、シャトー敷地内にある池をさらったときに出た土。この土だけで焼成すると耐火度が低くて溶けてしまうが、他の釉薬の原料とブレンドしていくうち、独特のマットな質感を出せる釉薬が完成した。

育代さんはそれを「シャトー釉」と命名。ほかに、ブドウの幹の灰を使った「レザン釉」も育代さんオリジナルである。さすが、銘醸地ならではのネーミングが心憎い。

作陶を始めてから、およそ8年が経過。庭にプールを作るため掘り出された土は、まだまだ文字通り「山積み」されている。その土がすべて、ワイン好きでアイデア豊富な彼女の手によってうつわに生まれ変わるのは、果たしていつの日だろう。