1990年代後半、赤ワインブームを支えるソムリエとして脚光を浴びた渋谷康弘さん。以来、ワイン業界の中心に身を置き、消費者がワインを楽しむヒントを提案し続けてきた。そんな渋谷さんが、WINE WHAT読者に「気分が上がるワインを上手に探す方法」を伝授! 爆買いの法則から舌の鍛え方まで、面白トピックも交えて話を聞いた。

渋谷康弘氏。 ソムリエ/グランクリュ・ワインカンパニー代表取締役社長。手にしているのは渋谷氏の近著『成功する人はなぜ、高いワインを飲むのか』(朝日新聞出版、1600円+税)

お金持ちはなぜ、有名な高級ワインを愛好するのか

僕は現在56歳で、ワイン歴30年。この年齢で、やっとボルドー5大シャトーのスゴさが分かってきたように思います。もちろん若い頃に各シャトーを訪問済みではありますが 、今まではシャトー・ラフィットやムートンがレストランで販売する高級ワインとしか捉えられなかったんです。5大シャトーのスゴさをあらためて知った話は、また追々語るとして……

僕は最初、外資系ホテルに入社してソムリエになりました。ソムリエはほかのスタッフより総支配人など上層部の人たちに近づけるポジションなので、「ソムリエっていい仕事だな」と満足していましたよ。英語やフランス語で、お偉いさんたちと直接話すことができる。上司たちもソムリエには一目おいていて、〝ミスター〞シブヤと敬称付きで呼んでくれました。その後で自分も支配人側へまわったのだけれど、さらなる方向転換を意識したのは50歳くらいの頃です。

会社に所属したいわゆるサラリーマンだと、大胆な挑戦ができず、今が潮時だと見て「ワインをビジネスにしていこう」と決心。ビジネスとは、自分でリスクを負うということです。早くから身銭を切り借金をして店を構え、ワインを愛しながら商いをしていた先人の姿を見て、僕もいくつかの立場で経験を積んだのち、完全に独立して現在の会社「グランクリュ・カンパニー」を起こしたわけです。

さて、ちょうど新型コロナ騒ぎで時間ができたこともあり、先日『成功する人はなぜ、高いワインを飲むのか』というタイトルの本を書き下ろしました。5代シャトーを含め、この本に記載されているワインはすべて有名で、確実に価値のある銘柄ばかり。成功者が買って飲むのは基本、人に自慢もできる有名なワイン。だって、どれほど素晴らしくても、人に知られていないワインは「コレを私が貴方に飲ませてあげます!」と自慢できないでしょ。だからですね、弊社で輸入しているボルドーの稀少ワイン、リベール・パテールなんて1本約50万円するんですが、一般にほとんど知られていないおかげで、買ってくれるお金持ちがなかなか出てこない(泣き笑い)。

あ、もちろん、お金持ちといってもいろいろなタイプがいます。まず急に大金を得た成功者は、車ならポルシェ、シャンパーニュならサロン、と高額なものを手あたり次第買う。多忙だとしても、寝る時間を惜しんででも海外へ精力的に出かける。予算に糸目をつけず、短期間で自分に知識と教養をドンドン詰め込んでいくんです。その弾けっぷり、ワイン愛好家への道としては決して悪い状況ではありません。守りに入らず、好奇心を掻き立てるワインを何でも試していける財力は、僕から見てもウラヤマシイ限り。そして有名なものや高額なものを追ううち、とあるスポットでふとハマった瞬間からそちら一筋にシフトするのも、お金持ちに共通した特徴です。たとえば、「世界中のあらゆる銘醸ワインを飲んだ上で、今はオーパス・ワンばかり大量購入している人」とかね。自分の納得できるアイテムに出会うまでひと通り試した結果、その人なりのハマる方向性が定まります。

ワインを片端から試していく時間の無いお金持ちの方へ向け、確実に上質なワインを選んでお届けするのも僕の仕事のひとつですが、それに付随し、お客さまがワインにハマるきっかけを差し上げるという仕事も ありますね。シャトー・ラトゥールのラベルは、塔の上にライオンが描かれているでしょ。お客さまに「なんで塔の上にライオンが?」と尋ねられたソムリエが瞬時にきちんと説明できれば、お客さまのなかでシャ トー・ラトゥールの価値が俄然、突出していきます。ワインが存在している理由、歴史の重み、もはや文化遺産ともいうべきワインの姿が膨らむことによる効果です。

3,000円くらいで最高のワインを見つけよ

ところで、皆さんは年間いくらくらいワイン購入に使いますか?「いくら給料をもらっている?」という質問ではありませんよ。心に余裕がなければ、じつは高額所得者でもワインは買えません。好奇心に従い「この額までワインに使ってもOK」と思えるための、心の余裕を持ってほしいという話なのです。とはいえ、所得にも限界があるのは確か。たとえば5大シャトーのスゴさに気づけることを最終目的として、早くゴールへ到達するにはどうすべきか? そこで、WINE WHAT読者の皆さんへオススメの方法は、「3,000円くらいで最高のワインを見つける!」です。

これ、とても簡単なようでかなり難しいテーマですよ。というのも、結論から言ってしまうと「おいしいものは、値段が上がる」ということでして、3,000〜5,000円あたりの価格帯、まだプレミア価格が付く前のアイテムがそこそこ隠れています(とくに、近い将来値上がりする可能性の高い品種は、赤ならシラーやグルナッシュ、白なら樽醗酵のソーヴィニヨン・ブランあたりに多いと僕は踏んでいます)。そんなワインを探すため心がけてほしいのは、金額を意識しつつ飲むこと。レストランでも自宅でも、何か身近なものに換算するクセをつけてみて。店で頼んだグラスワイン1杯が、いつも食べているランチの倍の値段なら、「昼飯2回分に相当する素晴らしさがそのワインにあるのか?」自分の時給1時間分なら、「そのワインを飲むことで1時間の労働に相当する夢のような時間が過ごせたのか?」と自分に問うてみる。

そうして3,000円以上でも安いなと感じるワインが出てきた頃、自然と自分の舌に自信が持てるようになっています。舌を鍛えるには、ワイン上級者とされる人たちの意見に耳を傾けることより、価格を意識するのが早道だと僕は思うのです。

最初から情報過多だったり、先に有識者のコメントを聞いてしまうと、そちらに引きずられて自分の舌への自信が揺らぐんです。ちなみに僕自身のワインの探し方は、やはり生産地域や生産者などの事前情報をあえて排除したままの試飲。価格については、プロなので「3ユーロかな、5ドルかな」といった具合で原価をイメージし、味わいと金額のバランスで「スゴイ!」と感動したワインと出会えたら、そこで初めて人に訊ねたり調べたりしていきます。

「この生産者、じつは著名なワイナリーで働いていた実力ある人で……」なんて情報を後から知って納得したほうが、自分の好みが明確になりますし、達成感は強い。昔、僕が買って感動したエルミタージュ・シャペルは当時3,600円。それが今は20,000円以上の価格です。ようは、自分がおいしいと思った3千円台のワインは、じつは1万円以上の味だったということです。月日が経過し、自分の舌は間違ってなかったことが価格で実証されるのは、かなりウレシイんです。そういえば、カリフォルニアのオーパス・ワンやスクリーミング・イーグルも、ファーストリリースは約50ドル。チリのセーニャに至っては50ドル切ってましたよね。

結局、自分の舌で上質ワインを発見する喜びが得やすい価格帯こそ、3,000〜5,000円と言えます。まずは、ここで苦労しつつ、本物の味わいを探す力を得てみては。

3,000円のワインを大切にできない人は、3万円のワインが一生理解できない。舌が完成されていれば、3万円する本物のワインを飲むチャンスが訪れたとき、「こんなにスゴいなら、かえって3万円は安い!」とまで考えられるようになります。

ここで文頭の5大シャトーの話に戻りますと、一流のシャトーは将来を見越してブドウ樹を植え替え、収量減少を耐え忍びます。若木のブドウはセカンドワインへまわし、ファーストワインの品質を守ります。収益率が悪いところに、新興ワイナリーからはけして醸し出されない数百年の伝統が加わると、やっぱり、ワインはまだまだ安いという感想に自然と至るんですよね。

成功した瞬間はいつなのか

今、僕には叶えたい目標があります。「死ぬまでに、レストランでロマネ・コンティを頼んで自腹で飲む」この目標のおかげで、心の余裕とチャレンジ精神がいいベクトルに向かっています。

僕はソムリエですけど、ロマネ・コンティほどのワインは自分で開けて自分で飲んじゃダメ。以前、ワイン愛好家のお客様と一緒にブルゴーニュを訪問した際、ボーヌのワインバーでロマネ・コンティが約120万円でオンリストされていました。現地価格でもかなりリーズナブルでした。お客様も「飲みたいですね」と、場の雰囲気も盛り上がりました。しかし「この場所で飲むワインではない」と思い、次回は三ツ星レストラン「ラムロワーズ」のような一流レストランを予約して、「盛装して、一流のソムリエにサービスされて飲むほうがワインの価値も上がります」と説明し、ロマネ・コンティではなく、あえてロケーションに似合ったワインを選びました。

整ったステージで最高のワインを飲む瞬間、それが人として成功した瞬間だと僕は信じています。