乳酸菌が日本の農業を、そして食を変えるかもしれない。6月、東京 神宮前にオープンした「Ysm(イズム)」は、そんな期待をいだかせてくれる先鋭的なレストランだ。

Ysmのロゴは坂本龍一氏による

持続的な農業をもとめて

日本の農業がこの先も、100年、200年とつづいていくことを、わたしたちが日本の食材と食文化に、喜びと誇りを感じつづけてゆける将来を、願うことは、特におかしなことではないだろう。

ただ、グローバル化した現在の社会においては、ときにその将来にかんして不安をいだかせる情報がとびこんでくることもある。

たとえば、いささか古いデータではあるけれど、2005年時点で日本は、農地の面積は世界の2%程度ながら、農薬の購入金額は11%、農薬使用量を先進国では極めて少ないアメリカと耕作面積あたりで比較すると、その約7倍という数字になってしまうという。

もちろん、農薬イコール危険と、この種のおおざっぱなデータをもって即断するのは暴力的にすぎる。広い国でもないのに陸地の約7割が森林で占められ、生活や農業に使える土地が限られているうえ、気候は温暖で湿潤なため、おおくの生物、微生物にとって、暮らしやすい、など、日本には、農業をするうえでも日本ならではの事情もある。

ただ、こういったデータは日本の農業にとっては不利益なものだろうし、世界には、明瞭な裏付けをともなう農畜産物の安心安全の基準がたくさんある。それらは、生産、販売、購入の現場において、もはや付加価値ではなく一般的なことになりつつある……というのはワインでもいえることで、WINE-WHAT!?読者であれば、肌で感じるところでもあるのではないだろうか。

日本は取り残されていないだろうか? 「国産だから」イコール「安心安全」と、即断するのもまた、早計だ。わたしたち消費者は、もう少し慎重でもいいはずだ。

世界的な食の安全安心への関心の高まりの背景には、人口増加や温暖化で、食料が不足する未来への危機感もある。自然のバランスを無視して失敗するようなことを、そう何度も繰り返す余裕がないいま、自然環境と上手につきあっていく知恵をもったひとが求められている。

乳酸菌で農業を変える

食コンサルタント 内藤善夫さんは、そんな知恵者の一人。抗カビ活性をもつという特殊な乳酸菌の発見者だ。


この乳酸菌は、飼料にくわえて牛にあたえると、牛の腸に活性状態のままとどき、大腸菌や黄色ブドウ球菌などの悪玉菌の生育を抑制。

飼料の消化吸収効率が向上するうえ、排泄物のなかでも活性状態の乳酸菌が悪玉菌をおさえこんでしまうので、牛のすみかが不衛生にならない。

これが堆肥。この堆肥を応用して衛生的な牛の寝床をつくることもでき、乳酸菌の活動で外気温マイナス25℃の北海道で寝床の温度は30℃。天然の床暖房だ。ほぼ無臭。

病気や害虫の問題はおのずと解決するし、クサくないから心理的にも効果があるようで、牛は心身とも健康になるという。

しかもこの健康な牛の排泄物は、堆肥の材料としても優秀で、農作物も健康に育てるという。

内藤さんはいう

「農家のひとにも負担がかかることがあるから、わたしは無農薬にこだわっているわけではないんです。ただ、この乳酸菌、堆肥がきっかけで、牛であればストレスなく育ち、植物であれば土壌のバランスもよくなって健康に育つようになると、結果的に、肥料や殺虫剤、除草剤といった薬は、だんだん必要なくなってくるんです。人が手をくわえなくても、もともと植物も、動物も、ちゃんと自然のなかで、健康に生きていく術をもっているのですから。だから、気がつくと、無農薬になっていることがよくあるんです。生産者の負担も、ほとんど増えず、場合によっては楽になることもあります」

食コンサルタントにしてレストラン「Ysm」の代表 内藤 善夫さん

内藤さんの乳酸菌をきっかけに、動物と植物のサイクルができあがる。人はそのサイクルから自然のめぐみをうけとる。

実際おいしい

さて、ここで問題がある。

内藤さんの農畜産物の評価基準では、それが育ち、食材となるまでの過程を重視していて、おいしいかまずいか、という結果を説明するための従来的な評価基準はおもてだっていない。そこには、自然のなかで健康に育った旬のたべものは人の健康にもよく、すなわちおいしい、という「医食同源」にも通じる信念があって、実際、栄養価を調べても、のびのび育った牛や農作物のほうが、優秀な数値をだすそうだけれど……

では、こうして育った食材はおいしいのか? 

6月、Ysm(イズム)というレストランが神宮前にオープンした。ここは、内藤さんの乳酸菌がかかわる食材をつかった料理を提供するレストランだ。

しかも、単にコンセプトばかりが先行したレストランではない。

Ysmのコースはフランス料理、特に南仏の料理をベースとしていて、フランス料理の名店で経験を積んだ日本の若きシェフが腕をふるっている。その料理は、たとえ、食材がありきたりのものであったとしても、美しい仕上げと先進的な発想に満ちていたことだろう。

そこに、内藤さん自慢の、のびのびと育った食材がくわわる。すると

これは主観になるけれど、これまで味わったことがないほどにおいしい。

コースは国際特許取得の乳酸菌「アンティ・ムッファ株」で育った「アンティ・ムッファ牛」の料理がメインとなる

最高の食材と最高の調理の出会い。希少な食材を職人技で調理しているから、気軽なレストランとはいえない。ただ、その分、サービスにもワインリストにも、期待を裏切られることはないだろう。

Ysmは世界の先端をゆくレストランだ。評価が高まって予約できない店になってしまう前に訪れることをおすすめしたい。

Ysm


東京都渋谷区神宮前3-39-9 ヒルズ青山地下1階
電話|03-6804-6029
営業時間|ランチタイム(土曜日のみ)12:00〜15:00(L.O 13:00)
     ディナータイム      18:00〜23:00(L.O 20:00)
ランチ 7品前後 10,500円 *土曜日のみ
ディナー 8品前後 14,000円から(税サ別、当日の食材により変動あり)
定休日|日曜日・月曜日・夏季・年末年始
URL|www.ysmtokyo.com

この記事を書いた人

WINE-WHAT!? 編集部
WINE-WHAT!? 編集部
9月号(通巻18号)では、白ワインに注目! そもそも白ワインって? 三大品種シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、リースリングの基礎から、いまどき大討論会、石田博ソムリエによるペアリング提案まで、この夏、飲みたい白ワインを総ざらい。
そして、夏から秋にかけてのワイン旅も提案。ポルトガル現地取材、急成長中の北海道ワイナリーのいまとWINE-WHAT!?ならではのツアー情報、ワインを堪能できる宿「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 仙石原」へは、ベントレーで訪れ、カリフォルニアでは、ケンゾー エステイトに行ってきました。