鰻の名店だ。

初めて行ったのは、約30年以上前。就職したばかりの会社の先輩たちに連れられて行った。店は今とは違う場所にあった。飲兵衛集団だった我々は、鰻を頼まず、酒とつまみだけで帰るような迷惑な客だった。

その会社は5年ほどで辞めてしまい、職場が遠くなり、そう頻繁に来られなくなったが、それでも年に数回は通った。大将と馬鹿な話をしながら、串焼きをつまみに酒を飲み、最後にうな重を食べて帰るのがいつものコース。つまり、やっぱり酒がメインの迷惑客であることにはかわりなかった。でも、昔はそんな客も多かった気がする。

様相がだんだん変わり始めたのはいつ頃だろうか。かぶとは、いつの頃からかSNSなどによって、口コミが広がり、知る人ぞ知る鰻の有名店になっていく。

気がついたら、「食べログ」で、鰻屋さんとしては日本一高い点数が付いた店になっていた。これはすごいことだと思う。私は、自身のブログで日本一の鰻と紹介したことがあるのだが、現実に日本一の称号を得る有名店になるとは当時は思ってもいなかった。ついには、テレビ東京の人気番組「ソロモン流」で紹介され、全国にその名は知れ渡る。

行きつけの店が有名になるのは、昔からのファンにとっては複雑なところもある。嬉しい反面、気軽に出入りできなくなる。「半年先まで予約で埋まってます」なんて言われた日には、自分の大切な恋人を取られたような気分にさえなる。

そもそも飲んべは、予約が嫌いだ。その日の気分で決めたい。あらかじめ決めておいても、その日に食べたいものが変わる。2次会で鰻が食べたくなることだってある。(え!? 私だけ?)

だから、今でも、鰻が食べたくなると予約せずにふらりとかぶとに行く。たいていは、満員の店内を見て、肩を落として帰るのだが、一度だけ入れたことがあった。閉店近い時間でちょうど1席だけ空いていた。大将がウロウロしている私を見つけ、招き入れてくれたのだった。口は悪いが、優しく人情に厚い職人気質の大将なのだ。大好きだ。

でも、それ以降は、何度行っても店に入れず2年が経ってしまった。その間に、衝撃のニュースが舞い込んだ。大将の引退だ。うう、予約してでも最後にもう一度食べとけば良かったと、最初は後悔の念が沸き起こった。でも考え方を変えれば、店を継いでくれる弟子がいたのだ。良かったじゃないか。まだまだ、この先もあの鰻を、大将の味を受け継いだ鰻を、まだしばらくは食べられるということだ。またふらりと行って食べることもできるということだ。

かぶとの美味しさは、何と言っても鰻の新鮮さに由来すると、私は思っている。何しろ、鰻をさばくのは客の注文を受けてから。さっきまで生きていた鰻を焼くのだから、まずいわけがない。新鮮な鰻は身がふっくら焼き上がる。だから蒸す必要がない。背開きの関東風だが、焼きだけで仕上げる。その独特の食感と旨味は、他の店では食べられない。代替わりしたおかげで、私が死ぬまで、この鰻を食べることができるようになったと考えれば、それはありがたい。

近いうちに、行ってみよう。弟子に、いや新大将に感謝を述べて、ずっとやってもらえるようお願いしてこないと。それに、新大将にも私を覚えてもらわないとね。

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うなぎ かぶと
東京都豊島区池袋2-53-2
03-3983-8608

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hideppo
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呑んべえで食いしん坊のおやじライターhideppoです。毎日、飲み歩いているお気に入りの店や、出張先や旅行先で見つけたおいしい店を、紹介していきます。ライターとして、あえて写真を撮らず、文章だけでおいしさや魅力をお伝えできる力をつけたいとチャレンジしています。自分の舌で納得した、安くてうまい店を中心に紹介します。でも、たいてい呑みながら書いているので、酔い加減によっては、同じことを繰り返したり、つじつまがあわなかったりもしますが、あしからず。