• TOP
  • PEOPLE
  • ファッションデザイナーはなぜ自然派ワインに惹かれるのか?

ファッションデザイナーはなぜ自然派ワインに惹かれるのか?

Jun Okamotoに教わる

代官山の路地裏に自らの名を冠したショップ『Jun Okamoto』を構える岡本順さんはワイン好き。それも自然派好きだ。人はなぜ、ワインに惹かれるのか? 自然派の魅力はどこにあるのか? ここでは、ファッションデザイナーとしてよりも、むしろワイン好きとしてのジュンさんに迫ってみたい。

ジュンさんの話を聞くと、自然派、試してみようかな、という気持ちになるからだ。

Photos:Masaya Abe

自然派ワイン好きへの警戒心

そもそも筆者がジュンさんの話を聞きたかったのは、筆者には自然派ワイン好きに対して偏見があるからだ。警戒心といってもいい。

多くのワインの造り手は、自分の作品を、息子・娘のようなものだ、と語る。

確かに、商売である以上、いろいろな事情がワインには絡む。しかし、ワイン造りというのは手間がかかり、忍耐を要する。時間をかけ、労力を費やし、故郷や家族や自分の名前をつけて売る「我が子」に、悪意を込める合理的理由はないと筆者はおもうのだ。

筆者が自然派ワイン好きを警戒するのは、たとえば、オーク樽を焼くだけでも発生する酸化防止剤を極度に毛嫌いしたり(化学物質過敏症などであるのなら致し方ないとしても)、ワインのごく一部をもって、自然派は善、それ以外は悪、みたいなことを言う人がほどほどにいるから。自然派でやるかどうかは、造り手の選択の問題。造りたいワインがあり、それを実現する手段が自然派だったというのなら、それは、他のワインと等しく尊重されるべきではないだろうか。

自然派ワインばかり飲んでいるというジュンさんは、そこのところ、どうおもっているのだろう?

「産地やブドウ品種、AOCっていうんですか? そういうものでワインってある程度、どんな味や香りなのか、想像できますよね。でも、自然派ってそういうものから自由でしょう。こんなワインがあるのかっていう驚きがあるのが一番の理由ですかね。」

それも強いて言えばですけれど。と言い添える。

それを聞いて、詳しく話を聞いてみたくなったのだった。

パリでワインと出会う

オーダーメイドで服作りをやっている母親を見て育ったことで、服に興味があったというジュンさんは、自分が将来、ファッションのデザイナーになる、と漠然とおもっていたのだという。高校を卒業して、ファッションの専門学校に通い、そして、実際に、デザイナーとして独立した。なんだか、ワインの造り手の子どもが親の仕事を継ぐみたいですね、と言うと

「母のやっている仕事と、僕の仕事とでは、全然、違うんですけれどね。ただ、できるとおもっていたのが一番大きいです。僕はデザイナーになれるとおもっていた。それで選択肢を広げなかったのが結果的に良かったんだとおもいます。」

学生から独立、という時期に、パリでの10年ほどの生活経験がある。

「最初は学校の研修でパリに行ったんです。そのとき、ピカソ美術館で子供たちが絵の前で授業を受けて、絵を描いているのを見たんですね。それで、この国のひとは、僕たちが2Dで見ているものを3Dで見ている、というように感じて、この国で勉強したい、とおもったんですよ。」

そうして、暮らし始めたパリでワインに出会う。

「パリにいると自然とワインが目に入るじゃないですか。エスプレッソを飲むようになったのもパリでだし、それと同じ感じで、お酒を飲むならワイン。最初はスーパーに売っているボルドーですよね。スーパーではボルドー多いじゃないですか。それで、濃いなぁとかおもいながら飲んで」

文学の学生としてパリに留学していた筆者も、全く同じ経緯でボルドーワインとのファーストコンタクトを果たした。それで、「そうそう。それで僕は最初に覚えたのが……」と言うと

「サン・テミリオン!」

と声が合った。サン・テミリオンのワインは、安くても美味しいし、ちょっと高いものなら、手土産にもいい、というのが、筆者が、そして奇しくもジュンさんも、ワインで最初に覚えたことだった。

「一番長く暮らしていたのが、エチエンヌ・マルセル駅から少し行ったところにあるアパルトマンで、駅のそばに、ワイン屋さんがあったんです。いまもあるはず。白髪で恰幅のいいムッシュがオーナーで、あれは多分、趣味でやっているんじゃないかな? ワインの品数は多くないけれど、ムッシュ厳選のものを美しく並べていて、フォアグラやはちみつもありました。そこで、ブルゴーニュのちょっといいワインなんかも勧められて、勧められるままに飲んでいましたね。」

そういうワイン好きとの出会い、彼らから語られるワインのストーリーが、ワインとの付き合いを楽しくしていった。

偏りの良さ

「それとは関係なかったとおもうのですが、パリ在住中にボーヌに行ったことがあるんですよ。」

ボーヌといえば、ワインの聖地ブルゴーニュの首都といっていい場所だ。

「となると当然のようにブルゴーニュワインしかない、といっていい状態じゃないですか。エクサンプロヴァンスの友達の家に遊びに行ったときには、キンキンに冷えた地元のロゼを飲んで感動したり。それまでロゼって全然好きじゃなかったのに。」

「その土地その土地に地元のワインがある。そして、夏なら冷えた白やロゼ、冬になれば重たい赤、みたいに季節性もある。景色や時間に合わせてワインが変わるのって、フランスの良さだとおもうんです。」

だから日本に帰ると、ワインを飲みたいなとおもっても、いつでもたくさんの選択肢があって、どう選んでいいか分からなかったという。

「しばらくはむしろ日本のお酒ということで、焼酎や日本酒を飲んでいました。ワインを再開したきっかけは、お店でお客さんとワイン会を開くことになったことなんです」

「どうしようかなとおもって。出すならちゃんとしたものを飲みたいですし。知り合いから『トロワザムール』を紹介されたのはそのときなんです。」

トロワザムールはジュンさんのお店から徒歩で10分かからない程度の、恵比寿にあるナチュラルワイン(自然派ワイン)を得意とするワインショップ。インポーター『BMO』が2006年に創業したお店だ。

「そこで、ナチュラルワインに出会って、話を聞いていると面白い。出汁みたいな味がするからオススメですとかいわれて、ワインの味の表現で出汁ってなに?とおもったんですが、買って帰って飲んでみたら、本当に、出汁みたいな香りがした。赤ワインっていってるのに色が薄かったり。でもそれが美味しかったんです。」

それで、冒頭の発言になる。自然派の自由に惹かれた。とはいえ、そこには、気の合うワインショップがそばにある影響も大きい。当時の店長と気が合って、ジュンさんがトロワザムールのスタッフ用エプロンをデザインすることになるまでにも、そんなに長い時間は要さなかった。

「僕はネットで探したりするほど、ワインの知識があるわけではないし、人と話して勧めてもらったほうが楽しい。いいワイン屋さんとの出会いがあれば、自然派以外でも飲むとおもいますよ。」

この日、ジュンさんが持ってきてくれた、これから飲もうと思っているというワインの一本がトロワザムールで買ったものだった。ヴァランタン・ヴァルスというコート・デュ・ローヌの造り手のロゼワイン『ランディ』という。

「自然派の先駆者、ラングロール・エリックという人物の弟子のような人が造ったワインだそうです。青い鳥が描かれた赤ワインもあって、レアですよって言われて。そっちはもう飲んじゃいました。こういう動物のラベルも欲しくなっちゃう要因ですよね。」

もう一本は日本ワイン、98winesの『穀』というワインだった。山梨にてブドウは甲州のみでワインを造る造り手の作品だ。

「福岡でワイン屋をやっている友達から買ったんです。こちらのラベルもいいですよね。流行っていて、なかなか買えないワインみたいです。ほかにも、札幌に『二番通り酒店』さんというワイン屋さんがあって、そこは、僕の友人から紹介されたんですが、いまどきの美味しいナチュラルワインを選んで送ってくれるんです。」

左がヴァランタン・ヴァルス『ランディ』中央が98wines『穀』。右はこの日、筆者が持参したカヴァでアルタ・アレーリャ『ミルジン・レセルバ 2017』

もっとワインのことを勉強して、自分でもワインをセレクトできたら、とおもうこともあるそうだ。

「世の中がこうやって変化して、なにか一つのことだけして生きていく、という生き方に疑問を感じるんです。ファッションの人ってファッションのことしか見ていない人が多いんですけれど、僕は、それは重たい生き方な気がする。やりたいことは手をつけておいたほうがいい、とおもうんです。」

偏りはあるけれど、そこに固執はせず、変化に対して柔軟。それがジュンさんの基本的なスタイルなのかもしれない。

クリエイターとして

世の中の変化といえば、ワイン業界もこの2年ほどは、世界的なパンデミックで、こつこつとよいワインを造り続け、それを売る、というのとは、違った苦労もたくさんありました。という話をすると

「ファッションの世界でも、これほど、世の中の状況と作られるものがリンクして考えられたことはなかったんじゃないですかね。」

Jun Okamotoの服はもともと、それぞれがジュンさんのイメージする物語のなかに登場する服、というコンセプトをもっていて、その物語の断片が添えられている。それは、服というものには、それぞれコンセプトがあるものの、それをわかりやすく表現すればなんだか陳腐になり、それを回避しようとすると伝わらなくなる、というジレンマへの回答なのだけれど、その物語もやはり、より、世の中の空気を反映するようになったおもうといった後にこう続けた

「いま、洋服を作る意味があるのか? というのは考えましたよ。でも、世の中で百貨店が1ヶ月閉まっていようが、それで1ヶ月、自分は止まれないし、時間は止まらないっていうのは思い知りました。やめるかやり続けるか、しかない。買う人が減るとしても、それでもほしいとおもわれるものを作るしかないとおもって、続けました。それに、このタイミングだったから、小説も書けました。もともと、服のために考えていた物語は、間を埋めていけばボリュームは出るとおもっていたんですが、頭のなかでおもっているのと、実際書くとでは違う、というのもよくわかりましたね。それは服でもそうで、人に何かを伝えようとすれば、ディテールが出てきて、頭のなかの漠然としたイメージとはまた変わることはあるんですよね。」

岡本順による初の小説が掲載された『文學界』2021年8月号

それは、ワインにも言えるとおもいますか?

「僕がパリにいたころってビオ(オーガニック)ワインが流行っていて、ワイン屋さんに、ビオワインってどんなのがあるんですか?って聞いたら全部、ビオみたいなものだよ、って言われたんです。」

実際、ラベルに書いていないだけでオーガニック認証を取得しているワインはたくさんあるし、認証は取っていなくても実質上オーガニックなワインも数多い。

「もちろん、ワインは商品だから、それをお金に変えようとすればカテゴライズされるんだとおもうんです。ビオとかAOCとか。ただ、そういう事情があっても、造っている人は変わらないとおもうんですよ。」

「たとえば、僕がオリジナルプリントのワンピースを無地にしたら売れますよ、といわれても、さすがにその話には乗れないです。でも、裾を5cm切ったらもっと売れるって誰かにいわれたら、それを切ることにそんなに抵抗はないとおもうんです。ワインもそうなんじゃないかな。譲れないところを譲らないならば、なんらかの事情でくわえる変化は、作る人にはあまり大きな問題にならない。」

「とはいえ、ナチュラルワインなんて、言ってしまえば、どれだけ造り手の個性が表現されているか、それがすべてですよね。僕は、造り手をイメージできないようなワインはどんなに上手にできていても、面白く感じないかな。」

では、最後にナチュラルワイン好きとして、ナチュラルワインを始めたい人に、ジュンさんからのアドバイスは? と聞いてみると

「造り手を感じられること、は前提として、あんまり高いものはせっかくの気軽さがなくなってしまうから、まずは2000円前後くらいで、自然派らしい、それは僕ならミネラル感やモモみたいな印象だけれど、 美味しいものを探してみてほしいですね。それから、マメる(ナチュラルワイン業界で抜栓後の劣化を言う)のが早いワインは僕はオススメしないかな。このワイン、マメりますか?ってお店の人に聞いてみるといいとおもいますよ。」

筆者は「マメる」という業界用語を教わって、今度、分かっている風を装ってみよう、とおもった。あなたもどうだろうか? 気の合うワイン屋さんを見つけて、ナチュラルワインの世界に触れてみるのは。

Jun Okamoto Daikanyama
住所:東京都渋谷区代官山町 12-3
TEL:03-6455-3466
営業時間:11:00~20:00
定休日:火曜日
URL:junokamoto.com

岡本 順
1997年文化服装学院を卒業後、パリのStudio Bercotに入学。Arexandre Matthieuのアシスタントを経て自身のブランドを2005年よりパリを拠点にスタート。2010年に拠点をパリから東京に移し、2011年に故郷の熊本に自身初の路面店 wallflower by jun okamoto をオープン。セミオーダーラインもスタート。2014年には東京の代官山に路面店Jun Okamoto Daikanyamaをオープン。

この記事を書いた人

ムッシュ鈴木
ムッシュ鈴木
東京生まれ。信州人になりたいとおもっている。パリ大学でフランス文学の研究をしていた。果物の仕事をしてから、ワイン業界へ。

Related Posts

PAGE TOP