脅威のウイルス レッドブロッチ

「赤」はぶどうに良くないサインです

秋のぶどう畑で葉っぱが真っ赤に染まっている光景が、時々ソーシャルメディアやワイナリーのウェブサイトに登場します。でも、実はぶどうの木は紅葉しても赤くならないのです。黄色くなった後に枯れていくだけ。赤い葉っぱは栄養不足、あるいはウイルス感染など病気にかかっているか…原因はいろいろ考えられますが、いずれにしても、「赤」は良くないことの表れなのです。
レッドブロッチに感染したぶどう

何も知らなければキレイな紅葉

 

赤い葉っぱの原因のひとつ Red Blotch

通常のぶどう

通常はこのように黄色くなります

レッドブロッチにかかっている木の葉っぱ

これがレッドブロッチにかかっている木の葉っぱ。赤い斑点が目立ちます

 

ナパでいま猛威をふるっているウイルスがRed Blotch(レッドブロッチ:赤い斑点という意味)。発芽してから7月上旬頃までは健康な木と何ら変わりはないのですが、黒ぶどうの場合、8月頃から徐々に葉っぱに赤い斑点を生じさせ、収穫時期が近付くにつれてどんどん赤い葉が広まっていきます。(白ぶどうは黄色っぽくなるのであまり目立ちません)

このレッドブロッチは2007年頃から症状が認識されはじめましたが、ウイルスが特定されたのは2012年と、つい最近になってから。長い間、原因不明の赤い斑点だったのです。

レッドブロッチの何がそんなに問題かというと、ぶどうの糖度がなかなか上がらなくなることなのです。ということは、アルコール度数も上がらないということ。

アメリカ、特にナパでは、アルコール度数の高い、フルボディのカベルネ・ソーヴィニヨンが主流、かつ高額で取引されています。なので、糖度が十分に上がらないとぶどうを販売できない、もしくは大幅な値下げをしなければならなくなるのです。

また、糖度だけでなく、アントシアニンの生成も抑制されてしまうというデータもあり、ぶどうの味にも影響がでてしまうそうです。

ナパのカベルネは平均して1トンあたり約7000ドル(70万円強)。ちなみにナパ産のメルローは約3500ドル/トン、お隣のソノマのカベルネは約2200ドル/トン、そしてカリフォルニアの赤ワイン用のぶどうの平均価格は約920ドル/トンです。ナパ産のカベルネ・ソーヴィニヨンが飛び抜けて高価格だということがおわかりいただけると思います。(“California Grape Crush Report 2016”を参照しました。カリフォルニアのぶどうの取引価格や収穫量等がわかります。見にくいですが…。
https://www.nass.usda.gov/Statistics_by_State/California/Publications/Grape_Crush/Final/

ということで、このウイルスの蔓延は多くの畑、ワイナリーにとって深刻な経済的ダメージをもたらしているのです。

 

レッドブロッチはどこからきてどうやって広まるのか

そんなやっかいなウイルスはどこからきたのか?
それは誰にもわかりません。

昨年になってやっと、Threecornerd Alfalfa Leaf Hopper(スリーコーナード・アルファルファ・リーフ・ホッパー)というバッタがレッドブロッチを媒介するということが分かりました。また、これほどまでに感染が拡大したのは、苗木販売業者が感染した苗木を売っていたから、という説が有力です。

ぶどうの木はだいたい20~30年で植え替えが行われます。その植え替えの際に感染した苗を使用し、さらにアルファルファ・ホッパーが感染を広めたと考えられています。

苗木業者も、広く知られている病気やウイルス感染に対しては基本的にテスト済のものを出荷します。そのため、購入する苗は健康であるということが前提。ですが、新しいウイルスに対しては対処しようがありません。過去にはきちんとテストをしない、または感染を知った上で苗木を販売する無責任な業者がいたこともあったようです。

また、このアルファルファ・ホッパーは、北米に広く生息しているバッタですが、基本的にはマメ科(Alfalfa)植物の樹液をえさとしています。そのため、ぶどう畑にとっては害虫と見なされていなかったのです。

わたしたちがインフルエンザにかかったときのように、ワクチン等で治せればいいのですが、そうはいかないようで、現時点では治療する手立てはなし。一旦ウイルスに感染してしまったら、ぶどうの木を“引っこ抜く”のが唯一の解決策だそうです。

 

アルファルファ・ホッパー

これがアルファルファ・ホッパー。三角形のフォルムがなんともかわいらしい。色もつやつやとした緑で、ただのバッタだったら憎まなかったのに…

アルファルファホッパーがお食事を終えた後

アルファルファホッパーがお食事を終えた後。葉の茎部分をかじって、樹液を食べるようです。栄養を運ぶ師部がダメージを受けるため、お食事の跡から先には栄養が届かなくなり、葉の色が赤く変色して行きます。そして、ホッパーがウイルスを持っていたら、唾液から感染が広がります

ぶどうの木々を引き抜いたのであれば、また植え直さなければなりません。

ワイン用のぶどうの木は果実が収穫できるまで最低でも3年はかかると言われています。赤ちゃんの木に無理をさせて実をならせようとしても、まだ準備ができていないため、小さい粒のぶどうになったり、うまく熟さなかったりすることがほとんど。植えて数年は、木の成長を優先して、収穫せずに果実は刈り取ってしまうことが多いのです。ウイルスにかかった木を引き抜いたあとに新しい木を植えて…となると、数年間その畑からの収入がなくなるという深刻な事態が生じます。

収入が途切れるだけでなく、木を抜くコスト、新しい苗木のコスト、また植え替えにかかる人件費などなど、莫大な金額になることは想像に難くありません。

引き抜かれたぶどうの木

引き抜かれたぶどうの木たち

感染していない苗木に植え替えても、媒介するアルファルファ・ホッパーはどこにでもいるので、いつまた感染するか分かりません。お金のある大きな企業であれば、対応できるかもしれませんが、小さなぶどう農家はこの“いたちごっこ”に参戦する余裕がないのです。すると、感染した木をそのまま残す→ホッパーが感染を広める→隣の畑にも感染が広がる、という悪循環が生まれます。

わたしが働いているワイナリー&ぶどう農家では、「感染している木を発見したら、即刻引き抜けと、誰もが口をそろえて言うが、解決策のないまま植え替えを続けるなんてばかげている。このレッドブロッチとやらがどんな物なのか分からないまま世間の流れに乗ることはできない」というオーナーの号令のもと、昨年、レッドブロッチ調査チームが発足しました。設立当初のメンバーは、そのために雇われたわたし一人でしたが…。

何の知識もない、しかも英語もろくに話せないわたしが、調査員に抜擢された経緯や、どんなことをしたかのお話は次回に!

この記事を書いた人

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Saori
2014年よりアメリカはカリフォルニア州ナパにある、『Napa Valley Collage』に留学。ワイン醸造とブドウ栽培を勉強。ワイナリーのテイスティングルームで働くかたわら、ぶどうの樹の病気調査、畑作業なども経験。2018年10月に帰国。現在、WSET LEVEL4の勉強中です。

ナパやソノマでおすすめのワイナリーや、観光情報をこれからも発信していきます。

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