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イタリア滞在中、日本では考えられないようなハプニングに遭遇することがある。いい出来事なら大歓迎だが、そうでないことも。イタリアへはひとりで出かけるので、そうしたトラブルには自力で対処をしなければならない。数あるエピソードをまとめたら、本一冊にもなろうかというほどだ。

シチリア島東部、イオニオ海に面した美しい都市シラクーザを訪れたときのこと。シラクーザはかつてギリシャの植民地で、数学者アルキメデスが生まれた町。旧市街には壮麗なバロック建築が並ぶ。雑誌のシチリア特集で見つけたプチホテルを予約していた。目の前が海という絶好のロケーションに旅の期待は高まった。

シャワーを浴びて、まち歩きに繰り出す。9月のシチリアはまだまだ暑い。散策→休憩→散策で午後を過ごす。シラクーザは治安がいいので夜の外出も心配はいらないが、なんせおんな一人旅。遅くならないうちに夕食を取り21時ごろホテルに戻る。たくさん歩いて疲れたから、シャワーを浴びてゆっくりしよう。

ところが…うん? お湯が出ないぞ? シャワーからは冷たい水しか出てこない。いくら流してもいっこうに熱くならない。出かける前はなんともなかったのに…。フロントに電話、あれこれ点検しても直らない様子、困り顔の女主人。

「もう夜だし、修理人に連絡がとれないの。それに明日は日曜日だから、月曜まで待って。」
「え〜!!じゃあ、わたしはどうすればいいの? お部屋を変えていただけますか?」
「それがね…、この棟全館がアウトなの。どの部屋もお湯が出ないのよ。」
「は…? なにか対策はないのですか? 水でシャンプーしろとおっしゃるのですか??」
「じゃあ、わたしたち家族の住まいがこの近くにあるの。最上階にお風呂の設備があるからそこを使ってくださいな。長いこと使ってないけどお湯は出るはずよ。」

お風呂用具を桶に入れて(実際は、シャンプーや石鹸、着替えをバッグに詰め込んで)夜のシラクーザをトボトボ歩くなんて、いったい誰が想像しただろうか…。階段を登ってたどり着いたのは、薄暗い屋根裏部屋。確かにお湯は出る。出るけどなんだか怖い…。他の泊り客もみんなここでシャワーをするのかな…。明日は別の宿を探すとするか。

翌朝は水で顔を洗い朝食を済ませ、狭い通りを歩き始めた。すると「Ciao!」と呼び止める男の人の声。振り返るとにっこりほほ笑んで「きみ、日本人?」「はい、そうですが。」
「やっぱりね〜!ぼくね、日本女性の友達がいるんだよ。ぼくはEnzo(エンツォ)初めまして!ここでB&Bをしてるんだ。よかったら見ていかない?」
初対面なのにとっても人懐っこい。部屋を案内しながら、彼がこの宿を始めた経緯や拘りを情熱たっぷりと話してくれる。部屋は清潔で趣味がいい。最新式のハイドロジェットシャワー。お湯が出る。申し分ない。昨夜からの不運を話して聞かせると「ここに泊まればいいじゃん。ツインが一部屋空いてるよ。シングルの料金でいいよ。」

すぐさまホテルをチェックアウトし(当然、料金を負けさせて)3泊することに。神はわたしを見捨てなかった! 6部屋しかない小さな宿だからできることはなるべくオーナー自らがするという。

たった3日間の滞在だったけど、エンツォとはすっかり友達になった。まちを案内してくれたり、友人のレストランでご馳走にもなった。バイクに乗ってビーチにも。おまけにB&Bのフロントデスクで留守番まで頼まれた。わたしのパスポートの生年月日を見て「日本女性は謎と神秘に満ちている…」と呟く彼。

イタリアの旅では、ほんとに嘘みたいなことまで起きる。

3.11大震災時にはびっくりするようなメールが届いた。「ぼくのB&Bを全室使っていいから。家族みんなでシラクーザに避難して!」ありがとうエンツォ。あのお風呂事件がなければ出逢っていなかったかもしれないね。

そういえば『アルキメデスの原理』はある日アルキメデスが風呂に入ったところ、湯船から水が溢れるのを見て「Eureka! やったぞ!」と叫んだそうな。

この記事を書いた人

ゴローザ通信
ゴローザ通信
浜名湖畔の風光明媚な集落に生まれる。主婦、ときどきイタリア語通訳・翻訳・コーディネーター、アートユニット活動もしています。
※「ゴローザ Golosa」とは、イタリア語で「食いしん坊」のこと。「食に対して貪欲である」ということから「好奇心や探究心が旺盛な」という含みも。

落ち着くところ:水のある風景
リピートしたいところ:イタリア、南アフリカ

ゴローザが、日々の暮らしの中で見つけたこと、感じたこと、好きなことなどなど…心のおもむくままにお届けします。
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