山陽新幹線 広島駅から、山陽本線に乗り換えて、東へ30分とすこし。西条駅で下車すると、そこは日本酒の街。

徒歩3分ほどの場所に、6社の酒蔵が軒を連ねる「酒蔵通り」という通りあり、西条エリアは、現在8社の酒造りの会社がある、兵庫の灘、京都の伏見とならぶ、日本の三大銘醸地のひとつとされています。

この地の酒蔵を舞台に、ほろ苦いラブストーリーが描かれる映画、『恋のしずく』の話題でも追い風の、その日本酒の聖地から、きき酒師 磯野カオリさんは、今回、29回目を迎えた酒の一大イベント「酒まつり」(10月6日・7日開催)をリポートしてくれます。

西条駅を降りると、そこは酒の都だった

広島県、西条駅の南側は、建物や煙突、井戸が国の登録記念物・登録有形文化財にも指定されている酒蔵が数多く存在し、街並みからして、日本酒の街。そこを会場として開催されている、街をあげての一大イベントが、今回わたしが参加した「酒まつり」です。東広島市地域活性化のため、「お酒」をシンボルとして1990年から始まり、今回で29回目。

この東広島と、その酒蔵が舞台になっている今秋公開の映画『恋のしずく』もあって、日本酒ファンではない方も訪れている様子の今回。10月6日、7日の2日間の開催だったのですが、実は、台風の影響で、初日の内容をやや縮小。昨年比8万人減となったそうですが、それでも17万人ものかたが来場されたそうです。経済効果は第25回目の数字が出ているのですが、約32.6億円とのこと。

10時スタートに合わせ、わたしもやる気満々で9時45分に西条駅に降り立ちましたが、そこはすでに、都内の通勤ラッシュのような状態。二日酔い対策のドリンク剤が、駅の売店で飛ぶように売れています。すごい熱気……

酒まつりの西条駅

酒まつりの主役たる、西条の酒蔵は、8蔵が参加。西条駅を出てすぐの、その名も「酒蔵通り」に軒を連ねる、「白牡丹酒造」「西条鶴醸造」「賀茂鶴酒造」「亀齢酒造」「福美人酒造」「賀茂泉酒造」の6蔵、酒蔵通りではありませんが、同じく西条駅の南側の、「山陽鶴酒造」、そして、徒歩圏内ではない黒瀬町という場所にあるものの、酒まつりでは駅からの徒歩圏内にある、西条酒造協会の場所を借りて参加の「金光酒造」。この8つの西条の蔵が、蔵の敷地内やブースで、有料試飲や、お酒やおつまみの販売をしています。

また、西条駅から南にしばらくいったところにある「西条駅前にぎわい広場」は、酒まつり中は「酒ひろば」となり、日本全国の地酒、約1,000銘柄の飲み比べができます。こちらに参加するには、チケットを買い求める必要があります(前売り・当日券共にあり)。

酒ひろばの賑わい

酒ひろばの賑わい

なぜ、東広島は酒の都なのか

西条駅そば、ではないのですが、おなじ東広島市には、「柄酒造」、「今田酒造本店」という酒蔵もあります。すべてあわせると合計10社。それほど広くない範囲にこれだけの酒蔵が集まっていることは、東広島の特徴です。

なぜ、東広島には、酒蔵が集まり、また、兵庫の灘、京都の伏見とならんで、日本三大銘醸地のひとつとして、尊敬されているのでしょうか? それは、この場所が「軟水醸造法」の発祥の地であり、また、「吟醸酒のふるさと」とも呼ばれているからだとわたしは考えます。

灘も伏見も西条も、歴史ある日本酒の産地ですが、灘と伏見は、日本酒造りに欠かせない水が、灘は硬水、伏見は中硬水でした。それはつまり、酵母の栄養となるミネラルが多く含まれているということです。硬水から造られる日本酒はキリリと辛口で、もちがよく、江戸時代、大量生産の技術の発展や物流の発達もあり、江戸という一大消費地をターゲットにして、ビジネスとして成長してゆきました。一方、広島は、湧き出る水の多くが、ミネラルのすくない軟水。そのため、灘や伏見とおなじ醸造法では、酵母が活性化しません。灘や伏見でできるものが、広島でできない。その違いが、水質にあることは、後になるまでわからないのですが、当時は、広島が灘や伏見と並び称される日本酒の産地になるとは、誰も考えなかったことでしょう。

19世紀も終わり頃のこと、西条の南、安芸津の実業家、三浦仙三郎氏(1847~1908)は、この謎に挑みます。自ら醸造を学び、20年の研究の果て、1898年に、ついに地元、安芸津の軟水と、この地の米で酒を造る軟水醸造法という技術を、生み出しました。

軟水醸造法は、時間をかけて育てた麹を使い、低温で長時間かけて発酵させることで、軟水であることをむしろ長所として、やわらかくやさしい日本酒をうみだす技術。この技術が広まったことで、広島の酒は、日本酒の新しいスタイルを確立します。1907年、第一回全国清酒品評会でも、広島の酒蔵、藤井酒造の「龍勢」が1位に輝きます。軟水から造られる日本酒の実力が全国に知られたのです。

さらに、米を中心近くまで磨き込むことで、雑味のない華やかな香味にする吟醸酒という発想も広島で生まれます。米をすべて使わないで削り込む、というのは、ワインでいえば、せっかくなったブドウを落としてしまうようなもの。当時は思いもよらないような大胆な発想だったのではないでしょうか。広島の佐竹利市氏(精米機の「サタケ」の創業者)が、米を磨き込むための精米機を開発し、その試作1号機は「賀茂鶴酒造」に納入されました。その賀茂鶴酒造がうみだした吟醸酒は1900年のパリ万博で名誉大賞を受賞します。

軟水醸造法と吟醸酒。日本酒でありながら、それまでの日本酒のイメージを覆す、エレガントな広島の酒は、日本酒に革命を起こしたことで、灘、伏見とともに、銘醸地への道を歩み始めたのです。

東広島の蔵

その後も、酒造りへの深い愛情はもちろんのこと、理論とそれを実践する技術に支えられ、品質向上のための努力を怠らなかった東広島は、現在、蔵それぞれ、個性的な日本酒を展開しています。以下に、酒まつりに参加した8つの酒蔵、そして、同じく東広島の「柄酒造」「今田酒造本店」をご紹介したくおもいます。

というのも、10月20日に丸の内TOEIほか、全国公開される映画、『恋のしずく』は、この東広島の酒蔵を舞台に繰り広げられるラブストーリーなのですが、制作にあたっては、東広島の蔵が様々に協力していて、映画の公開にあわせて、10蔵中9蔵が、『恋のしずく』をイメージした日本酒を、限定ラベルで出しているのです。

わたしは、さっそく、その9蔵9本の『恋のしずく』を入手。テイスティングしてみたのでした。いずれも、蔵の個性が現れていて、日本酒入門にもピッタリだとおもいます。おなじ東広島の酒でも蔵によって個性があること、そして、他の産地とのちがい、日本酒は面白さを感じられるとおもいます。

恋のしずく限定ボトル

酒まつりでも『恋のしずく』限定の酒を味わうことができました

実はすでに、入手困難になりつつある、『恋のしずく』の日本酒。わたしの手元にはセットがありますので、皆様、一緒に飲んでみませんか? そんなイベントも近くご案内したくおもっています。

「賀茂鶴」(賀茂鶴酒造)
1873年に酒銘を『賀茂鶴』と命名。1918年に株式会社設立の老舗です。日本初の動力精米機の導入もあり、1917 年には全国酒類品評会で初の名誉賞受賞。およそ50年前に、市販酒としていち早く、大吟醸造りの酒も発売。全国新酒鑑評会の金賞受賞数は2018年現在、通算、延106蔵。現在も記録を更新している銘酒蔵。賀茂鶴の酒蔵は大きく、煙突が4本あり、酒造り責任者である杜氏も4人います。「見学室」もあり!

賀茂鶴による『恋のしずく』を担当したのは、4人の杜氏のなかのひとり、2号蔵を担当している賀茂鶴では最年少の椋田氏。新商品や大吟醸など、少ない仕込みの酒を担当しており、昨年発売された「広島錦」も、椋田氏が統率する2号蔵で醸されました。『恋のしずく』は、西条の街をイメージした純米酒。いろいろな日本酒を造る賀茂鶴ですが、共通する、すっとした後味は『恋のしずく』でも健在。

賀茂鶴1

賀茂鶴の椋田杜氏と筆者。

「恋のしずく」記念パネルの前で記念写真 きき酒師の漫才師、「にほんしゅ」のボケ担当、あさやんを真ん中に。

『恋のしずく』記念パネルの前で記念写真。きき酒師の漫才師、「にほんしゅ」のボケ担当、あさやんを真ん中に。『恋のしずく』は元AKB48の川栄李奈さんの初主演作品でもあります

「福美人」(福美人酒造)
  1917年、酒造業者の出資で、日本で初めて法人組織として立ち上がった日本酒の蔵です。創業後ほどなく、全国酒類品評会の最高位を連続受賞し、福美人酒造の酒が、日本酒のベンチマーク「審査標準酒」となりました。杜氏や発酵工学の技術者を養成する教育機関にも指定され、1970年頃までは「西條酒造学校」として多くの人材を輩出しています。灘の辛口の酒が「男酒」とよばれるのに対して、広島の軟水から造られるまろやかな酒は「女酒」と呼ばれることがありますが、「福美人」は女酒を代表する美女です。

福美人の『恋のしずく』は、蒸した栗をおもわせるような、麹の香りが感じられる純米酒。そして、全体では、はらはらと舞い散る桜の花の似合う女性のイメージでした。

「賀茂泉」(賀茂泉酒造)
1912年創業。醸造アルコールなどを添加した三増酒が主流だった昭和40年代に、米と米麹だけで醸す純米酒の復活に取り組みました。1972年、当時としては画期的な精米歩合60%の純米吟醸酒を世に送り出し、全国的にその名を知らしめます。以来、米を重視し、米の旨味を引き出す賀茂泉。炭素ろ過を行わず、芳醇な味わいとコクを引き出した酒は、ほんのり山吹色。

映画、『恋のしずく』には、地元で酒米を栽培する農家が登場し、収穫のシーンもあるのですが、その撮影がおこなわれた田んぼを紹介したのも、米に強い思い入れのある賀茂泉。賀茂泉の『恋のしずく』は、その田んぼの酒米を使った純米大吟醸です。

賀茂泉の酒まつり限定酒は、まっ赤なボトル。さすが広島!!

「亀齢」(亀齢酒造)
日本酒の名に、よく鶴が入りますが、それは、鶴が縁起がいいというのもひとつの理由。亀は万年。「亀齢」の名は、長生きを願ってつけられています。1917年の全国清酒品評会で、初代名誉賞を受賞した伝統ある酒蔵です。甘口が多い広島ですが、亀齢酒造は辛口の酒が売り。酒米も広島県産を積極的に使い、伝統的な手造りの技法で醸した酒が酒好きの心を掴んでいます。麺に日本酒を練り込んだ「醸華町うどん」や酒粕を原料にした美肌石鹸も。

亀齢酒造による『恋のしずく』は、まさに亀齢酒造。さっぱりとキレイで、若々しい純米酒です。

「西條鶴」(西條鶴醸造)
歴史は江戸時代後期にまで遡る酒蔵。広島県北部の酒米を使い、爽やかな味わいの酒が特長。大吟醸、純米吟醸、おり酒などを飲み比べることができる180ml瓶5本組の「五酒セット」が人気を集めています。

西條鶴の『恋のしずく』は、フルーティーな香り、米の甘みと吟醸のスッキリ感のバランスが見事な純米吟醸。甘くて酸っぱい恋の味。日本酒に馴染みのない人も、入りやすい日本酒だとおもいます。

恋のしずく 限定ボトル 1

左から賀茂鶴、福美人、賀茂泉、亀齢、西條鶴による、『恋のしずく』限定ボトル

「白牡丹」(白牡丹酒造)
1675年創業。広島でももっとも歴史ある酒蔵のひとつです。そして、5つの蔵をもつ、広島でも有数の大規模な酒造メーカーでもあります。「白牡丹」の名は、五摂家のひとつ、京都鷹司家の当主が、その酒を高く評価してつけたもの。夏目漱石が愛した酒蔵。お酒は、甘口が特徴。

白牡丹の『恋のしずく』は、純米吟醸。力強い甘みと心地よい酸味のバランスで、上品。

「山陽鶴」(山陽鶴酒造)
1912年創業。山陽道の松並木に鶴をあしらって「黒松山陽鶴」と命名。清酒本来の「甘酸辛苦渋」が一体になって融けあう、喉越しの良い日本酒を、西条独特の軟水を使用して醸しています。山陽鶴のお酒が飲める直営店舗「倉凛」を広島市内に展開中。

山陽鶴は、華やかで、しかし上品な日本の女性のような、はんなりとしたイメージだったのですが、『恋のしずく』は熟成を感じる純米吟醸。甘いだけではない複雑味のある、例えるなら大人の恋のイメージ!?

「桜吹雪」(金光酒造)
1880年創業。創業当時から「桜吹雪」がメインブランドでした。日本酒のなかでももっとも手頃な普通酒の市場の縮小したことから、小規模、少量生産の金光酒造は効率的な日本酒造りへの転換を迫られ、1990年代に液化仕込みという方法で、効率のよい酒造りに成功します。2003年からは、5代目社長が中心となり、効率的ではないものの、個性的な、昔ながらの製法で造る上位ブランド「賀茂金秀」を生み出しています。金光酒造は西条駅からだと最短ルートでも13kmほど南にあるので、酒まつりでは、駅そば、西条酒造協会の場所を借りて参加。

その金光酒造の酒はスムーズで白米のように食事にあう「桜吹雪」と、華やかな香り、甘みと酸味のバランスがよく、無濾過、低アルコールと、都会的なモダニティを感じさせる「賀茂金秀」に大別できます。地元では「桜吹雪」、都会では「賀茂金秀」が支持を得ているとおもうのですが、『恋のしずく』は、桜吹雪の方向性の純米吟醸でした。ここは地元で愛される金光酒造のオリジンで行く。メッセージ性を感じます。

「関西一」(柄酒造)
1848年創業。安土桃山時代にまで遡る酒造りの地、安芸津の酒蔵で、三浦仙三郎氏の軟水醸造法を受け継いでいます。少量生産。原料はすべて広島県産の酒米。麹造りは麹蓋に米麹を入れて混ぜる蓋麹という手間のかかる方法を採用しています。

柄酒造は、大杉漣氏が演じる『恋のしずく』の主な舞台となる架空の酒蔵「乃神酒造」の蔵元が、小市慢太郎氏が演じる「乃神酒造」の杜氏と酒を酌み交わす、印象的なシーンの撮影場所となった蔵でもあります。実はその美しい縁側と庭を含む、柄酒造の敷地は、今年7月の豪雨で被害をうけてしまっています。今季の造りの見通しはたっていないそうです。

そんな柄酒造の『恋のしずく』は、甘みと旨みが、バランスよく広がり、まろやかな飲み口も心地よい純米吟醸。なにかの要素が突出しない、きれいな丸とも言えるかもしれません。日本酒好きにこそ、おすすめしたい、広島の女酒です。

「富久長」(今田酒造本店)
東広島市の一番南側、瀬戸内海に面した地域が安芸津町にある酒蔵。「富久長」の名は、安芸津町の醸造家三浦仙三郎氏より名付けれたそう。フランス人が選ぶフランス人のための品評会「KURA MASTER」において、2018年は「純米酒」「純米大吟醸・純米吟醸」で、それぞれ最高位プラチナ賞を受賞しました。

左から、白牡丹、山陽鶴、金光酒造、柄酒造の『恋のしずく』限定ボトル

この街に、酒あり

「酒まつり」は、この土地に暮らす老若男女が集う、年に一度のハレの日。日本から、海外からも、日本酒を愛するひとが集う、酒の祝祭。すっかり酔い気分になりながら、広島を後にした筆者は、あらためて、西条の、東広島市の、広島県の酒への誇り、そして、この土地の酒への、様々な人の愛情を感じていました。

街に生き、街に暮し、街を活かす。

カンパイ!という言葉と、笑顔にあふれた酒まつり、来年もまた、きっと。

この記事を書いた人

磯野 カオリ
磯野 カオリ
日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)認定 唎酒師 / 焼酎唎酒師 / 日本酒学講師
SSIインターナショナル認定 国際唎酒師
横浜 桜酒亭(おさけてい)代表。
ワイン好きな方に、すこしでも、日本酒の魅力を知ってもらいたい。そして、わたしも、ワインの魅力を知りたい。
日本酒ファンとワインファンの架け橋となるのが、わたしのミッションだと思っています。そのための佳き出逢いを、皆さまに、ご提案いたします。
http://osaketei15.com/