口づけした瞬間に、からだに清涼感が走る。

繊細な味わい。離したシャンパーニュ(Champagne)・グラスをもう一度、見返してしまうほど、穏やかで優しい味。

なによりも、ラルマンディエ・ベルニエ(Larmandier-Bernier)は、優美なシャンパーニュだ。ドザージュ(Dosage)の低さや、シャルドネ(Chardonnay)品種に対するこだわり、そしてシャンパーニュ最良のテロワールであるコート・デ・ブラン(Côte des Blancs)の味わいを十二分に表現しようと心がけている。そう、数多あるスパークリング・ワインの中でも、コート・デ・ブランのものの上品さに比肩するものはまずない。

コート・デ・ブランは、エペルネイ(Epernay)の南20キロの間に広がるなだらかな丘の一帯である。初めてコート・デ・ブランに訪れた人は、しばしばブルゴーニュにいるかのような錯覚に陥る。特級格付け村のクラマン(Cramant)、アヴィーズ(Avize)の丘は、コルトン(Corton)のようだし、オジェ(Oger)、ル・メニル・シュール・オジェ(Le Mesnil-sur-Oger)までくるとムルソー(Meursault)とピュリニー・モンラッシェ(Puligny-Montrachet)を通っているかのようだ。

そう、ここはもう一つのシャルドネの聖地でもあるのだ。それらの名高い村を過ぎると、ヴェルチュ(Vertus)村はその姿を現す。広大すぎるがゆえに、特級格付けにはなれず、一級格付け(95%)を受けたのだが、隣の ル・メニル・シュール・オジェ特級格付け村(100%)と、地理的には大きな変化があるわけでもない。同じ起伏に、同じような平地。そして、チョーク質豊富な白い土地が広がっている。

1971年、ラルマンディエ・ベルニエは、二つの造り手の結婚によって成立した。革命時から存在し、クラマン(Cramant)村の造り手として有名だったラルマンディエ(Larmandier)家の出だったフィリップ(Philippe)は、ベルニエ(Bernier)家出身の妻の生家であったヴェルチュ(Vertus)村に居を構えた。しかし、1982年にフィリップが急逝すると、未亡人 エリザベス(Elisabeth)は、女手一つで、ワイナリーをもりたてた。未亡人が、経営をもり立てた話がシャンパーニュのメゾンでは多いが、このワイナリーもその例にもれなかった。

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他のメゾンを例にとるまでもなく、シャンパーニュは未亡人たちによって育てられたのである。ヴーヴ・クリコ(Veuve-Cliquot)社のバルベ-ニコール・クリコ(Barbe-Nicole Cliquot)未亡人を筆頭に、ボランジェ(Bollinger)社のエリザベス-リリー・ボランジェ(Elisabeth-Lily Bollinger)、デュヴァル・ルロワ(Duval-Leroy)社のキャロル・デュヴァル(Carol Duval)、 ローラン・ペリエ(Laurent Perrier)社のマティルド-エミール・ペリエ(Mathilde-Emile Perrier)、ルイ・ロデレール(Louis Roederer)社のCamille Orly(カミーユ・オルリー)、ポール・ロジェ(Pol Roger)社のオデット・ポール・ロジェ(Odette Pol Roger)、ポメリー(Pommery)社のジャンヌ-アレクサンドル・ポメリー(Jeanne-Alexandre Pommery) 、ヴーヴ・フールニー(Veuve Fourny)社のモニック・フールニー(Monique Fourny)、ヴーヴ・ラノー(Veuve Lanaud)社のマリー-ジョゼフィーヌ・ラノー(Marie-Joséphine Lanaud)、そして、ヴーヴ・ア・ドゥヴォー(Veuve A Devaux)社の三人の未亡人、クロード-ジョセフ・ドゥヴォー(Claude-Joseph Devaux),アウグスタ-マリア・エルバン(Augusta-Maria Herbin),マルゲリット-マリー-ルイーズ・ユスノ(Marguerite Marie Louise Hussenot)。…母は強し。

そして1988年には、息子のピエール (Pierre)は、ナント (Nantes)のビジネススクールを卒業して、ワイナリーに戻って来た。ピエールは自分が引き継いだテロワールの偉大さ、成すべきワインの方向性をよく理解していた。母が飲み易さと果実味を好んだのに対し、彼は酸味と熟成感を重視した。

1992年より、除草剤を排したワイン造りを本格的に始動し、1999年より、ビオディナミ農法を実践する。特筆すべきなのが、自然酵母のみを使用することに重きを置いていることである。彼は、「現在シャンパーニュの 99%は人工酵母からつくられたものである。それは安定化させるためにはとても良いのだが、スタンダード化された味わいしかもたらさない。自然酵母を使うことは、良いワインを造るためではなく、テロワールに根ざした偉大なワインを造るために必要不可欠なことである」、と考えている。

三度目の訪問となったが、このワイナリーに訪問するのは毎回、楽しみである。来る度に発見がある。小さな造り手が少しずつ、成長していく過程を追っていけるからだ。9.5haから始まったワイナリーは、いまや 16ha。新しいキュヴェも作っていて、全部で、7種類。今回の訪問は、若いアシスタントの ジャード・ヴィエヴァル (Jade Vieval) さんが案内してくれた。

以前はなかった新築して5年だというカーヴに入る。そういえば、初めて来た時にはワイナリー自体が違う場所にあった。ところ狭しと並べられた小樽と大樽、そして、Pinot Noir用に使うと言う、卵型コンクリートタンクや、2015年より実験的に使っているアンフォラが目立つ。

ステンレスタンクが無いなと思っていると、2015年ヴィンテージから、すべて新樽のみ使っているとのことである。しかも、すべてオーストリアのストッキンガー(Stockinger)製の高級品。何百人も社員を抱え、広大な畑を所有するメゾンでは、こういった決断は難しい。ピエールの遊び心と、品質にこだわる姿勢は、小さなブティック・ワイナリーだからこそ出来るのだと思った。リザーヴ・ワインは別室のステンレスタンクで安置されていたが、これは2004年から毎年ソレラ式に継ぎ足していくものを使用。ノン・ヴィンテージには40%使用ということである。

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すべてのワインが繊細に仕上がると言う、ストッキンガー製の樽。2015年より100%使用ということなので、今回のシャンパーニュでは見られなかった個性が発揮されそう。今後のキュヴェの品質の向上が期待される。

カーヴに下りる前に、プレス機が見えた。空気圧プレス機は以前は大型のものを一機だけ使用していたが、小型のものを二機に変更した。より多くの畑の、クリュごとの仕込みを考慮した結果なのだろう。ひんやりと冷気が身体に刺すカーヴは天然のチョーク質のクレイエール。すべてのシャンパーニュはこのカーヴで最低2年間安置される。ピュピレットが並んでいるが、もう使用していないで、機械式のジロ・パレットがすべての動瓶を行ってくれる。「でも機械が上手く作動しなかったり、リュミュアージュが綺麗にいかなかったりもして本当にこの方法が一番かどうかは疑問な時があるわ」とこの前来た時に、ソフィー(Sophie)夫人が以前言っていたことを思い出した。最先端技術をどんどん導入する若手のスタイルかと思いきや、簡単には技術だけを尊重しない。常に前衛的な手段をとりながらも、かつ自己反省し、より良い道を模索する、そんな感じだ。

テイスティングルームに入る。ちょっとしたアンティークショップのようなオシャレな建物。ガラス張りの庭から光が差し、オブジェが非常にアーティスティックだ。用意されたグラスは、今パリで話題沸騰のオーストリア製ザルト(Zalto)グラス。彼のワインの繊細さを最大限にまで引き上げることは間違いなしのグラスだ。このテイスティングルームそのものが、このワイナリーのワインそのものを静かに物語っていると思った。こじんまりとしているが、あらゆる舞台配置が上品そのものなのだ。

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まるでアンティークショップのようなテイスティング用アトリエ。

試飲は、まず、ロゼ(Rosé de Saignée) から。

「ピエールはロゼ・シャンパーニュがあまり好きではなかったので、他のロゼにないものを作ろうと思い立ちました」

なるほど、彼の ロゼはセニエされた鮮やかな色調で、まず視覚からして類をみない。香りは搾りたてのブルーベリー、山葡萄の自然に潰れたようなアロマで香り高い。味わいはディープで深みのある素晴らしいものだった。しかし今回、試飲したものは色調が薄めで、少し表現力に欠ける感じがした。聞いてみると、実際に良いヴィンテージのピノ・ノワールはコトー・シャンプノワ (Coteaux Champenois) にまわされるために、今回のキュヴェは 2013年ヴィンテージのもののみ使用しているのだという。私は昔の猛々しい、粗野な彼のロゼ・シャンパーニュが好きだっただけに、少し控えめな仕上がりだったと感じた。

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Pinot Noirのエレヴァージュ用卵形コンクリートタンク。良質のヴィンテージはコトー・シャンプノワに、それ以外はロゼ用にまわされる。

ラティチュード(Latitude) は、一級のヴェルテュ村の畑のシャルドネを使用したキュヴェ。ラティチュードが「緯度」を意味する通り、ヴェルテュ村の南部の畑の横軸の線の畑から生まれるシャンパーニュ。線の細さ、キレイな味わいのそれは、まさにピエール・ラルマンディエ。ドザージュ4g/lという低い補糖量が味わいのキレを増す。以前は、トラディション(Tradition)という シャルドネ 80%, ピノ・ノワール 20%というキュヴェに使われていた区画の葡萄だが、完全にシャルドネ・オンリーに一新した。「ヴェルテュは赤ワインに向く」とも言われる中で、彼のこの転換は、より繊細さをもとめたワインを作り続けるという意思の顕われのように見える。

ロンギチュード(Longitute) は、先のワインに対し、コート・デ・ブラン(Côte des Blancs) の「経度」を表現したワイン。ヴェルテュとオジェ、アヴィーズ、クラマンの葡萄から生まれたワインは、より強靭さと力強さを備えたキュヴェだ。グラン・クリュを中心に構成されたシャンパーニュであって、実にナッティで、クリーム感、厚みのある味わい。この二つのキュヴェともリザーヴワイン率は40%と高率であることも味わいの複雑さを物語っている。_x000A_ シュマン・ダヴィゼ(Chemin d’Avisé) 2011は、ヴィンテージ2009年からリリースしたばかりの新キュヴェ。特級村アヴィーズの葡萄のみで、トーストしたような、焦がしたブリオッシュ的な、鋭角な個性。ただし、試飲したものはデゴルジュマンをしたのが一ヶ月前の若いものだった為、まだその鋭い表現力が十分に発揮されているように思えなかった。

テール・ド・ヴェルテュ(Terre de Vertus) 2009。一級村ヴェルテュの二つのパーセル、レ・バリレー(Les Barillers)とレ・フォウシェーレ(Les Faucherets)のみのシャルドネ。補糖はまったくしたゼロ・ドザージュで、この ヴェルテュ村らしさの表現を突き詰めたキュヴェ。この造り手らしいワインだと思う。「まっすぐ」で「実直」、曇りなく、ピュア。補糖なしなのに、ふくよかさを感じるのは、2009年が完全に熟成したからだろう。見事なバランスだ。

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理想的なチョーク質カーヴで安置される、古いヴィンテージの自家用コレクション。

最後のキュヴェは ヴィエイユ・ヴィーニュ・デュ・ルヴァン(Vieille Vigne du Levant) 2007。樹齢52年と80年の畑。ふくよかさと濃厚さ、味わいのクリーミーなニュアンス。余韻の長さは素晴らしく、間違いなく偉大なワインの一つである。特級村クラマンの個性を表現したワイン。おや、こんな名前だったかと訝しがっていると案の定、名称変更されたものだった。もとはヴィエイユ・ヴィーニュ・ドゥ・クラマン(Vieille Vigne de Cramant)と呼ばれていたが、クラマン(Cramant)が安い発泡酒にイメージのついた クレマン(Crémant)と間違われることが多いために変更したんだそう。もともとがブーロン・デュ・ルヴァン(Bourron du Levant) と呼ばれるリューディ(区画)のワインであり、朝日を燦々と受ける「東向き区画」であることを表す言葉であるために、この名称になった。

「なにもただ伝統的だから有機農法でワインを造っているのではない。それはその方が良いものができるから。偉大なシャンパーニュは、その他のすべてのワインと同じく、畑から生まれる。結局は、葡萄自体そのものが、どんな人間にも決して生み出せないすべての品質を与えるのだから。」とピエールは言う。

伝統だからではなく、その方法が理に適うから、という信念は、ブルゴーニュのリュット・レゾネの思想を思い浮かべてしまう。数多くの若きブルゴーニュの新世代と、同じ地平線上にこの造り手はいる。そういえば、ここ最近、造り手訪問を続けてきて、良い造り手ほど、メゾンの改良に余念のないのを感じるのだ。良い造り手は何処もかしこも、メゾン自体が工事中であったり、自分の畑の拡張に忙しい。そこには良いワインを作ろうというちょっとした人の努力、アプローチが生きるのである。テロワールに限界があるならば、それを良い造り手は違う方法で超えようと努力する。そこにこそ、良いワインが良い造り手によって生まれる理由なのだ。フランスのワイン・ガイドに、「輝ける将来の約束されたドメーヌ」と評される理由も頷ける。

この記事を書いた人

染谷 文平
染谷 文平
こんにちは、フランスに滞在中のソムリエです。現在、パリの一つ星レストラン、Neige d’été(ネージュ・デテ)にてシェフ・ソムリエの職についております。レストラン業を続ける傍ら、ワイン造りをより深く知るために、Bourgogneと Alsaceにてワイナリー勤務も経験しました。ワインが生まれる風土、環境、歴史に強く関心があり、ブログ(http://fwrw.blog137.fc2.com
も綴っております。Wine Whatでは、生産者の生の声や、ホットな情報をいろいろと書いて行きたいと思います。