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白金のとあるショップのディスプレー。手づくりの革製品と道具のあれこれ。

子供の頃から、手先を使って何かしらするのが好きでした。中学生の頃は、お料理やお菓子作りが楽しくて、キッチンに入り浸っていたものです。野菜の切り方(拍子切り、半月切り、角切り、輪切り、千切りなど)に興味を持って、いろいろ試したくて学校から帰って、大根の桂剥きをなぜか一生懸命練習したり、くるくると回しながら林檎の皮を最後までうまく剥けるかなど、面白がってやっていました。ガスオーブンで、やたらとお菓子のスフレを作って食べていたときもありました。

『手しごと』が好きです。手編みに興味を持ったときは、手袋、靴下、マフラー、セーターを編んでは、家族にプレゼントしていました。刺繍やレース編みでは、テーブルセンターやランナー、クロス類を作りました。パッチワーク、刺し子にも挑戦しました。一人暮らしをはじめた頃はインテリアに凝っていて、東急ハンズで材料を買って、ロールシェードからカーテン、ベッドカバーまでオリジナルにこだわりました。紅茶に目覚めたときは、ティーマットやティーコジーもせっせとこしらえました。全く凝り性ですね。手引本を参考にはしますが、習いに行ったものはなく全部自己流です。人に教えてもらってするのが生来あまり好きではありません。

かく言うわたしですが、OL時代や結婚前後には、いろんなところに通った経験もありました。スパンの長短は別として、陶芸(代官山)、フランス料理(渋谷)、スウェーデン織り(立川)、藍染(青梅)、彫金(千葉)などです。こちらもコツを覚えて、そこそこできればオッケーなので、すぐに止めてしまいました。飽きてしまうのです。やっぱり教えてもらって習うことがあまり好きではないようです。イタリア語は別です。

一方、あこがれる『手しごと』というモノがあります。Ferro Battuto フェロ・バットウート(鍛冶造形)です。イタリアやヨーロッパの国々でよく目にする、繊細な作りのアイアンの看板やフェンス、テラスや階段の手摺りや門扉… これらの優雅な造形美に惹かれます。実用的なモノに妥協せず、ここまで美しさを追求し、暮らしに活かす美意識、文化、すごいなあと思います。それらをカタチにするのがArtigiano アルティジャーノ(職人、アルチザン)。イタリアで街歩きをしていると、狭い通りに革製品や額縁、家具の製作や修復をする小さな工房がぽつんとあったりします。

南イタリアのマテーラで、ひとりの職人に出逢いました。壁にいろんな鉄製品が並んでいたので、足を止め覗き込んでいました。扉は閉まっていて誰もいないようでした。すると、背後から「何かご用?」 振り向くと、イタリア人ではないわたしを見て、少々驚きの表情を見せる職人らしき人。「こちらの Ferro Battuto を眺めていました」 こう答えるとにっこり、「良かったら見ていくかい?」ということで中に入れてもらいました。ひとつひとつを丁寧に説明。工房内はモノでごった返していて、ホコリを被った100年前のアンティークのアイロンやコーヒーミルなど、本人も忘れていたモノまでもが出てくるしまつ。

どすんと床に置かれた箱の中にはもぎたての白イチジク、それを一緒に食べながら、職人さんのお話は続きました。ボックス型の額縁に目が留まりました。中に飾ってあったのは「カナヅチと十字架に架けられたキリストの写真」。なんだろうとじっと見ていると「それはね、メル・ギブソンの映画『Passione パッション』が撮影されたときのだよ。あの映画の撮影場所はこのマテーラだったんだ。で、このカナヅチはボクが作ったというわけさ。キリストを十字架に磔にするあのシーンでね」 自慢げに嬉しそうに語ってくれました。キャンドル・スタンドをひとついただいて帰りました。とても楽しい想い出です。
(関連記事:8月15日掲載「憧憬。」http://www.wine-what.jp/lifestyle/5393/

いつか、機会があったら、Ferro Battutoをやってみたいです。こればかりは自己流では無理なので「師」が必要ですね(笑)

この記事を書いた人

ゴローザ通信
ゴローザ通信
浜名湖畔の風光明媚な集落に生まれる。主婦、ときどきイタリア語通訳・翻訳・コーディネーター、アートユニット活動もしています。
※「ゴローザ Golosa」とは、イタリア語で「食いしん坊」のこと。「食に対して貪欲である」ということから「好奇心や探究心が旺盛な」という含みも。

落ち着くところ:水のある風景
リピートしたいところ:イタリア、南アフリカ

ゴローザが、日々の暮らしの中で見つけたこと、感じたこと、好きなことなどなど…心のおもむくままにお届けします。
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