ケニー奥谷。ニューヨーク在住のインターナショナル・ホスピタリティーインダストリー・スペシャリスト。1989年からシンガポールのウエスティン・スタンフォードホテルに勤務。その後、サイパンのハイアットリージェンシーを経て、1994年から2005年まで、ザ・プラザ・ニューヨークのアジア地区営業部長を務めた、日本人にしてアメリカホテル業界の達人だ。

そのケニー奥谷がいま、あししげくかよっているのが、ニューヨークのワイナリー。 摩天楼から、クルマで1ー2時間。美しい海と自然に恵まれたロングアイランドには、40を越えるワイナリーがあり、「ニューヨークのボルドー」と称される。 ケニー奥谷による、ニューヨーク ワイナリー探訪記第5回!


この記事はニューヨークの日本語情報紙「よみタイム」よみタイムVol.234 2014年7月18日発行号掲載の、「NYワイナリー探訪 UNCORK NEW YORK」をもとにしています。


ワイナリー作りの天才

ロングアイランド・ワイナリーには2つの幹線道路がある。「ピコニックベイ(Peconic Bay)」側を走る「メインロード(Main Road)」と、その北を走る「ミドルロード(Middle Road)」だ。畑はメインロード沿いに多くあるので、特に目指す場所がなければ、その道を通れば多くのワイナリーに寄ることが出来る。

一方、ミドルロードを走る多くの人は、目的地のひとつに「スパークリングポイント」をあげる。スパークリングワインしか醸造しないにもかかわらず、そこには、この地で最も豪華なテイスティングルームがある。

その影には「ロングアイランドをスパークさせてみせる」と語った「ワイナリー作りの天才」と呼ばれる男、ジル・マルタン(Gilles Martin)氏の存在があった。

シャンパーニュ地方に生まれたマルタン氏は、南フランスの大学で学んだ。

1986年、マスター論文「ワイン醸造におけるウルトラフィラー技術」で、シラク前大統領から賞を授与されている。彼はその後、ドイツ、オーストラリア、カリフォルニアを巡り、頭角を現していく。殊に、カリフォルニアのロデレールでマルタン氏が醸造したワインは、「シャンパーニュ以外で醸造された、最もおいしいスパークリング」とメディアで賞賛された。

1997年にロングアイランドに移住し、「マッカリ(Macari)」、 「マーサ・クララ(Martha Clara)」、「シャーウッド・ハウス(Sherwood House)」など、いくつかのワイナリーを手掛けた後、マルタン氏は「スパークリングポイント」に情熱を傾けはじめる。

そして2009年、サンフランシスコで行われたコンペティションで、2000年産のワインが高く評価された。

それを機に、ロングアイランドがスパークリングワインの産地として初めて地図上に示されるようになった。

言葉通り、彼はロングアイランドをスパークさせたのだ。



今回紹介したワイナリー
Sparkling Pointe
39750 County Road 48 Southold, NY 11971
www.sparklingpointe.com


この記事を書いた人

ケニー 奥谷
ケニー 奥谷
奥谷啓介。ニューヨーク在住。インターナショナル・ホスピタリティーインダストリー・スペシャリスト 。慶應義塾大学卒。
ウェスティン・ホテルズ 初の日本人学卒スタッフとして、アジア地区セールスオフィスに入社。1989年よりシンガポールのウエスティン・スタンフォードホテルに勤務。その後、サイパンのハイアットリージェンシーを経て、1994年から2005年まで、ザ・プラザ・ニューヨークのアジア地区営業部長を務める。2005年、ザ・プラザの閉館とともに退社。現在、文筆、講演、コンサルテイング活動を行いながら、ニューヨークと日本を行き来する日々を送る。

雑誌「男の隠れ家」や「日刊ゲンダイ」で連載記事を掲載。著書に『世界最高のホテル プラザでの10年間』『海外旅行が変わるホテルの常識』『サービス発展途上国日本』『なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか』『超一流の働き方』がある。

公式サイト:okutanikeisuke.com