ケニー奥谷。ニューヨーク在住のインターナショナル・ホスピタリティーインダストリー・スペシャリスト。1989年からシンガポールのウエスティン・スタンフォードホテルに勤務。その後、サイパンのハイアットリージェンシーを経て、1994年から2005年まで、ザ・プラザ・ニューヨークのアジア地区営業部長を務めた、日本人にしてアメリカホテル業界の達人だ。

そのケニー奥谷がいま、あししげくかよっているのが、ニューヨークのワイナリー。 摩天楼から、クルマで1-2時間。美しい海と自然に恵まれたロングアイランドには、40を越えるワイナリーがあり、「ニューヨークのボルドー」と称される。 ケニー奥谷によるニューヨーク ワイナリー探訪記第8回は、そんなニューヨークのワインを楽しむレストランを紹介。


この記事はニューヨークの日本語情報紙「よみタイム」Vol.237 2014年9月5日発行号 掲載の、「NYワイナリー探訪 UNCORK NEW YORK」をもとにしています。

禁酒法時代にも飲んでいた!

ワイナリーロード25号線を走り続け、連なるワイン畑が終わった後に現れる街「グリーンポート」。

ここは立ち寄るべき場所だ。眩い太陽と紺碧の海、そして、たくさんの白いヨットが揺れる風景に、あなたは魅了されるに違いない。この「楽園」のような街は、1800年代、鯨を追いかける世界中の船乗りたちが集まる憩いの場だった。

外にひろがる風景

1854年、ポルトガルの漁師ネバは、マニュエル・クラウディオをつれてグリーンポートにやってきた。それから16年間、クラウディオはここをベースに漁を行った。

1870年、船乗りを引退した彼は、タバン(民宿)をオープンさせる。

その後、彼の名を冠した宿泊施設は飲食スペースに改装され、ヨットハーバーを見晴らすレストランとして、人々に愛されるようになっていった。現在、同一ファミリーによって経営されるアメリカ最長の歴史を誇るレストランとして、ギネスに認定されている。

1870年創業。「国の歴史的建造物」に登録されている

ロブスターロール、クラムチャウダー、ステーキバーガーは賞を取り、新聞や雑誌の人気投票で1番に選ばれる人気メニュー。もちろん、この地で醸造された多くのワインもメニューリストに載っている。

ワイナリーを訪れた多くの人々は、ランチ時にここに立ち寄り、ロングアイランドのワインを味わいながら息をつく。

禁酒法の時代には、1階をフレンチレストランとして運営する一方、2階は法を無視した酒を楽しむ場となっていた。

酒の密輸に使われていた当時の隠しドアは未だバーの裏に存在している。また、壁にかけられている数多の写真は、歴史の変遷を知ることができる貴重な資料。ヨットレースのメッカとなり、優勝カップを勝ち取った人々の喜びにあふれる姿が見てとれる。

そうか、時間的に立ち寄ることのできない畑のワインは、ここでテイステイングしてしまえばよいのだ。



今回紹介したレストラン
Claudio’s
111 Main Street, Greenport, NY 11944
www.claudios.com


この記事を書いた人

ケニー 奥谷
ケニー 奥谷
奥谷啓介。ニューヨーク在住。インターナショナル・ホスピタリティーインダストリー・スペシャリスト 。慶應義塾大学卒。
ウェスティン・ホテルズ 初の日本人学卒スタッフとして、アジア地区セールスオフィスに入社。1989年よりシンガポールのウエスティン・スタンフォードホテルに勤務。その後、サイパンのハイアットリージェンシーを経て、1994年から2005年まで、ザ・プラザ・ニューヨークのアジア地区営業部長を務める。2005年、ザ・プラザの閉館とともに退社。現在、文筆、講演、コンサルテイング活動を行いながら、ニューヨークと日本を行き来する日々を送る。

雑誌「男の隠れ家」や「日刊ゲンダイ」で連載記事を掲載。著書に『世界最高のホテル プラザでの10年間』『海外旅行が変わるホテルの常識』『サービス発展途上国日本』『なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか』『超一流の働き方』がある。

公式サイト:okutanikeisuke.com