• TOP
  • #WINE
  • 牛肉とワインを合わせるとき、知っておくべき食肉と畜産の歴史

牛肉とワインを合わせるとき、知っておくべき食肉と畜産の歴史

手軽に牛肉を食べられるようになったのはいつ? そしてなぜ?

ステーキとトウモロコシとクローバー

ところで、後期中世の間にいかに牛が大きくなったとはいえ、現在の牛にはまだまだ及ばない。ステーキにするなど無理な相談だった。

というのも、冷蔵保存ができないなか、今より痩せた牛の肉を死後硬直も解けぬうちに、しかも脂まで余すところなく食するには長時間煮込む必要があったからだ。

また、よい時代も長くは続かなかった。16世紀から19世紀の初頭まで、ヨーロッパは、急激な人口増加にともなう食糧需要の増加と定期的な飢饉とを同時に経験する。年一人当たりの食肉消費量は史上最低値14-20㎏を記録した。

とはいえ牛肉食復活へ向けた胎動はあった。

イギリスでは、18世紀のあいだに、休耕地にクローバーなどのマメ科の植物を植えて飼料とするようになる。その結果、牛の体重は倍に増えた。こうしてやっとステーキ肉を切り出すことができるようになり、脂が溶け落ちるのもかまわずそれを焼いて食べるスタイルも確立する。

いまや、牛は生まれてから2年半で私たちの食卓に肉として上っている。それを可能にしたのは何であったか。

1960 年頃のマギー・ブイヨン(フランス)の広告。上半身だけの牛が自分の下半身をポトフにされているにもかかわらず美味しそうに匂いを嗅いでいる。Alan Raveneau, Le Boeuf: Histoire symbolique & cuisine, Sangs de la terre, 1992, p.127.

一つは先の近代屠場、そしてもう一つは「新大陸」がもたらしたトウモロコシである。

本来、牛に胃が4つあるのは、牧草に含まれるセルロースを、反芻するうちに胃の中のバクテリアに発酵分解させ栄養として吸収するためである。その牛に初めから栄養価の高い穀物を与えるとどうなるのか。

あっという間に丸々と太った「成牛」ができあがる。しかし実のところそれは「大きな子牛」なのである。

そろそろこの探究の旅も終わりにしよう。代わりに読者諸氏にはヨーロッパを旅してほしい。

かの地には牧草飼育牛の歴史と文化が息づいている。ぜひそこでステーキの色と味を楽しんでほしい。時間をかけて育てられた去勢牛の脂身は黄色く、赤身はしっかり肉の味がするはずだ。それは、未経産の牝牛の肉に細かく真っ白なサシを入れ、その柔らかさと脂の甘さを愛でる日本の「霜降り肉」文化と好対照をなすだろう。

牛肉にワインを合わせる際にもここまで述べてきたような歴史を踏まえてみてはどうか。もちろんワインにも歴史があって、マリアージュとは、いってみれば歴史同士の出会いなのだ。


岡田 尚文
学習院大学 大学院人文科学研究科
身体表象文化学専攻 助教
パリ第一大学で「中世パリの食肉と肉屋職人」をテーマにDEA(歴史学)を取得した後、学習院大学当専攻に博士論文「映画における屠畜・食肉の表象」を提出、博士号(表象文化学)を得る。現在、映画における動物の表象、映画と歴史の関係(映画の歴史/歴史の映画)についても研究を進めている。共著に『円卓―古希の堀越孝一を囲む弟子たちのエッセイ集』、『映画のなかの社会/社会のなかの映画』。


参考資料
鯖田豊之『肉食文化と米食文化―過剰栄養の時代』、中公文庫、1988 年
マッシモ・モンタナーリ『ヨーロッパの食文化』、山辺規子/城戸照子訳、平凡社、1999 年
ブリュノ・ロリウー『中世ヨーロッパ食の生活史』、吉田春美訳、原書房、2003 年
S・ギーディオン『機械化の文化史―ものいわぬものの歴史』、榮久庵祥二訳、鹿島出版会、2008 年
東京都中央卸売市場食肉市場「芝浦と場」ホームページ|www.shijou.metro.tokyo.jp

この記事を書いた人

WINEWHAT
WINEWHAT
YouTubeInstagramでも、コンテンツ配信中!
フォローをお願いいたします。

Related Posts

PAGE TOP