フランス、イタリア、ドイツ、オーストリアと国境を接し、うつくしい自然に恵まれた国、スイス。そこに暮らすのはマルチリンガルあたりまえ、時計をはじめ、そのクラフツマンシップでも世界中の尊敬をあつめる、経済的にも文化的にもゆたかな人々――しかし不思議ではないだろうか。これだけワインの名産地に囲まれながら「スイスワイン」といわれるとあまり耳慣れないのは? そう、スイスにはスイス国外にはめったに出ない、秘蔵の白ワインがあるのだ。

世界遺産で造られる白ワイン

レマン湖を臨む斜面は絶壁といえるほど急峻で、そこには、へばりつくようにブドウの樹々が茂っている。11世紀にここを開拓した修道士たちが、斜面をささえるためにつくったという石垣が、そのブドウ畑を縫うように這う。

この風景は、おもにラヴォーとよばれる地区にある。余談だけれど、ラヴォーには近代建築の父、ル・コルビジェが両親のためにつくった「湖の家(Villa «Le Lac»)」もある。スイス、レマン湖沿いから北に、ヌーシャテル湖へとひろがる一帯は、ヴォー州といって、このヴォー州のなかでもレマン湖の北端から湖沿いに東へと広がる地区がラヴォーだ。このラヴォーのブドウ畑は、いまや1000年以上の歴史がある。ユネスコの世界遺産でもある。

絶壁ともいえる場所でブドウを造っている。機械化不能

ヴォー州マップ

ならば当然、ここで育ったブドウをワインにする、ワイン造りも伝統文化。ワイナリー創業100年くらいでは驚かない。なかには14世紀から脈々とつづくワイナリーもある。歴史が動態保存されている。昔から造られているワインなら、ラベルもずっと変わっていなかったりする。

天候、日照、気温が毎年、安定していること、歴史的価値ゆえに土地の管理にもワイン造りにも、さまざまな制約があって、サステイナブルな農法、製法が厳守されていることから、極めてピュアなワインが産出される。

品種も特別だ。ここでは「シャスラ(Chasselas)」という白ワインブドウが主力。

レマン湖畔の美しさをそのまま表現した、この土地のブドウ品種とされ、当地の人々は、誇りであり、アイデンティティだという。

とにかくスイス人は、このシャスラを絶賛する。おなじ、ヴォー州で、ローザンヌにある3つ星レストラン「オテル・ド・ヴィル クリシエ」が、「ジラルデ」と名乗っていたころのシェフ、フレディ・ジラルデ、そのあとを継いだフィリップ・ロシャ、そして、昨年他界したブノワ・ヴィオリエという、世界最高と称されるシェフの3人が、いずれも、特別上等なラヴォー地区産シャスラのワインをオーダーしている、などという事実もある。

このシャスラのワインが、スイス以外では、ほとんど幻のワインだ。

なにしろスイスは自国で消費するワインの3倍の量を輸入するワイン愛好国。さらに、シャスラのワインのなかでも、これぞというワインは「グラン・クリュ」に列せられるのだけれど、グラン・クリュがうみだされるのは、ラヴォー地区とその近辺でも最良の土地だけ。もっとも急峻で名産地と名高いデザレーという地域の栽培面積は54ha。そのそばのカルマンとよばれる地域にいたっては16haしかない。そのうえ、世界遺産なこともあって、生産量はもう、増やしようがない。つまり、美味なるシャスラは、スイス人のために造られ、スイス人が飲んでしまうのだ。

日本人、シャスラに出会う

ところが、この、ほぼ門外不出のワイン(シャスラにかぎらず、スイスワイン全生産量でいっても輸出用は2%しかない!)を、門外に持ち出した人物がいる。

2016年、Commandeur de l’Ordre des Vins Vaudois (ヴォー州ワイン文化勲章)なる勲章を受勲した人物で、名は、宮山直之という。日本人だ。会員向けに限定されたサービスを提供する「クラブ・コンシェルジュ」を運営している。スイスの寄宿学校への留学の件で話をすすめるためにスイスを訪れていたときに、ラヴォーの絶景に出会った。

プロのカメラマンが「それだけ上手なら自分で撮影すればいいじゃないか」と仕事を投げ出すほどの腕をもつ宮山は、この絶景を写真におさめずにはいられなかった(このページに掲載しているラヴォーの写真も宮山が撮影した)。そして、仕事柄、ワインの目利きとしても人後に落ちない。写真を撮れば、飲んでみたくなる。宮山は一軒の地元のワインバーに入った。そしてすっかりシャスラの虜になってしまった。

「このエレガントな白ワインを体験したら、ほかの品種から造られたワインが飲めなくなる」とおどける宮山だけれど、半分以上は本気だ。

このシャスラを日本でも飲みたいと、持ち前の情熱と縁とをフル活用して、ワイナリーとつながってゆき、「これを日本に輸入したい」と、もちかけた。生産者にとっては、寝耳に水のような話だった。外に出すほどのワインなど、そもそも造っていない。しかも遠く離れた日本である。それでも、情熱と商談の結果、宮山はシャスラ輸入の約束をとりつけた。それが、2013年。シャスラとの出会いからわずか1年だった。

シャスラが日本にやってきた

もちろん、商売になるだろうという目論見もあった。 少量とはいえシャスラワインの輸入に成功した宮山は、それを寿司屋、料亭、旅館など、特上の日本料理を出す店に持ち込んだ。宮山は自分が本当に美味しいとおもったワインだけを買いつけ、結局、ラインナップはグラン・クリュばかりだったのだけれど、それらは豊かな伝統をもつ、スイス フランス語圏の食に寄り添いつづけたワインだし、アルコール度数は低く、舌触りはなめらかで、さっぱりしていてピンと酸が効いているから、美味い日本食にあうと確信していた。

そして、そのとおり、シャスラワインを試した料理人たちは、次々に自店への導入を決めた。東京、神宮前の寿司屋の店主などは、セラーにシャスラを入れる場所を確保するために、シャスラ以外のワインの取り扱いをやめてしまった。

宮山によれば、「こんなにもうまくいくとは、さすがにおもわなったですよ。これはワインの力ですね。みんなが美味しいというものなんて、そんなにないですよ」

遠くヴォー州の人たちも、この、日本で評価されている、という予想だにしていなかった事実に、こそばゆい誇りを感じないわけがない。

photo by Anoush Abrar
宮山直之氏。首からさげているのが、Commandeur de l’Ordre des Vins Vaudoisのメダル

かくして、宮山直之は、ヴォー州ワイン協会から勲章を授かり、我々は日本で、シャスラを飲むことができる。

しかも、さわやかなシャスラのワインは、長期熟成のポテンシャルももち、グレートヴィンテージとされる1962年は、宮山によれば、いまも美味しい。そして、現行の2015年ヴィンテージは、その1962年以来のグレートヴィンテージだという!


つぎのページは、日本で飲めるシャスラワインを紹介。インターネットで買うこともできます。 https://www.wine-what.jp/features/19881



シャスラを楽しむイベント開催決定!(宮山さんとWINE-WHAT!?も参加します)
「造り手たちと楽しむスイス シャスラワインと美食の夕べ」
開催日時|2017年9月6日水曜日 18時受付 18時30分開宴
定員  |80名
会費  |28,000円(お食事、ワイン代、サービス料込、消費税別途)
会場  |明治記念館 相生の間
      港区元赤坂2-2-23

開催日時|2017年9月7日木曜日 18時30分受付 19時開宴
定員  |40名
会費  |20,000円(お食事、ワイン代、サービス料込、消費税別途)
会場  |表参道 茶酒 金田中
     港区北青山3-6-1 oak omotesando2F

主催:スイス・ヴォー州ワイン協会 クラブ・コンシェルジュ株式会社
後援:在日スイス大使館、在日スイス商工会議所 協力:WINE-WHAT!?
申込先:www.clubco.tv 0120-23-7777

この記事を書いた人

WINE-WHAT!? 編集部
WINE-WHAT!? 編集部
9月号(通巻18号)では、白ワインに注目! そもそも白ワインって? 三大品種シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、リースリングの基礎から、いまどき大討論会、石田博ソムリエによるペアリング提案まで、この夏、飲みたい白ワインを総ざらい。
そして、夏から秋にかけてのワイン旅も提案。ポルトガル現地取材、急成長中の北海道ワイナリーのいまとWINE-WHAT!?ならではのツアー情報、ワインを堪能できる宿「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 仙石原」へは、ベントレーで訪れ、カリフォルニアでは、ケンゾー エステイトに行ってきました。