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ワインナビゲーター岩瀬大二のチリワイン再発見の旅

「オーガニック」「クールクライメイト」「セパージュ」「ツーリズム」の4つのキーワードでつづる

KEYWORDその2 クールクライメイト〜風と海の贈り物〜

日本の太平洋岸では考えられないほど、海からの風は冷たい。だが、厳しいというよりも優しい。はるか向こうは日本。太平洋でつながっている。

「クールクライメイト」は、ワインのプロやワイン好きの間でここのところ注目されているワード。

ごくごく簡単に言えば「冷涼な地域で生みだされるワイン」のことで、もう一歩進めて言えば「そのワインは冷涼な地域で生みだされるから、より濃厚でエレガントになる」という喜ばしいスタイルのこと。

太陽が燦燦と輝く熱い土地は、その分、ブドウの生育も早く収穫時期は早くなる。明るく楽しいワインではあるが、集中力であるとか凝縮感、酸などは足りなくなるともいえる。逆に冷涼地域は十分なエネルギーを蓄積するために収穫時期は遅くなるが、その分、大地からの力を溜め込み、美しい力強さと豊かな酸を宿すワインとなる可能性を持つ。

となれば、次なる疑問は、チリは冷涼なのか? ということ。

確かに夏場のチリには容赦なく太陽が降り注ぐ。北部(南半球なので当然北へ行けば熱くなる)は乾燥した砂漠地帯で、ワイン産地である中央部も30℃を超え、年間の降水量も200~300ミリ程度。日本では場所によっては1日でも降ってしまう量と考えれば、明るく楽しいジューシーなワインの産地だと思う。

実際、日本でよく見る格安なチリワインはおおむねそのようなテイストを感じる。

チリには実はその両方がある。両方とはいっても大勢はクールクライメイトだ。特に沿岸部に近づくほどにその傾向は強くなる。

9月、南半球ではこれから夏に向かうというのに、エミリアーナのスタッフたちは軽めのダウンや厚めのカーディガンが定番。

訪問したのは9月初旬。南半球が冬から春に向かう季節。朝、ホテルの窓を開けると、ひんやりというよりも、より強い冷気が部屋に入ってくる。そういえばこの部屋には暖炉。ワインメイカーもセーターやウィンドブレイカーを着ている。緑に囲まれたヴァレーは薄いミルク色の朝霧が支配し、優しいモイストと新鮮な冷気が身を包む。

チリが面する太平洋は、寒流。南極に近づく南部のパタゴニアは氷の土地。そこを通るフンボルト海流は冷気をチリの大地へと運ぶ。沿岸部は小高い沿岸山脈があり、そこに海からの冷涼な空気が流れ込む。さらに、アンデスから海に向かう川がいくつも横切り、複雑な斜面を持つ谷が連続する。

そこにブドウ畑とワイナリーが生まれるのだが、高くそびえるアンデス山脈というこれも冷涼な白銀の果てしなく続く「屏風」を背にする。朝夕の冷涼と日中の太陽。チリのブドウたちはその中でじっくり、健やかに、そして美しく育つのだ。

冷涼で神秘的な朝の中、凛とたたずむ緑の樹木を眺める時。それは、チリワインのエレガンス、その理由を体で知る時。

冷涼さに加えて丘の高低、斜面の角度など細かいブロック分けで収穫タイミングを変える。機械が入れない角度のブロックも多い。「ルイス・フィリペ・エドワーズ」にて。

ベスト・オブ・シャルドネ〜マテティッチ・ヴィンヤード〜

ワイナリーからの夕景。この美しさもワインに反映されている、と思う。

農業生産やリゾートホテル経営で財を成したファミリーが、99年にスタートさせたワイナリーがこちら。

本拠地のロザリオ・ヴァレー周辺の温暖さと冷涼さを併せ持つ気候と、オーガニックに適した土地からワイン造りの成功を確信。現在周辺に広がる4つの自社畑は海岸線から13㎞~19㎞の間にあり、冷涼な空気がヴァレー沿いに丘を包み込む。このワイナリーの、特にシラーにおける世界的な成功が、チリのクールクライメイトへの挑戦に勇気を与えたという声もある。

代表するのは、親しみやすい「ラリージョ」と、“均衡”を意味する「EQ」、ふたつのライン。

丘陵の地形を生かし自然の中に溶け込むように設計された醸造施設。

マテティッチのラインアップから。明確なコンセプトがあってアクセスしやすい。

この旅での私的ベスト・オブ・シャルドネは「EQシャルドネ」だった。

グラスに注ぐと一気に熟れたトロピカルフルーツに白桃のタルト、ウォールナッツとキャラメルの焼き菓子のような複雑で濃厚なコアを感じさせながらも、キラキラとした爽快感、美しく静かに長く続く酸の余韻へと変化していく。

ワインメイカーのエマヌエルさん(左)と輸出部長のディエゴさん。ストイックな印象もあったワイナリーだが、とてもフレンドリーだった。

クールクライメイトならではの凝縮と酸を、華やかさと集中力の均衡で見事に仕上げたワインだった。

他のワインも樽の使い方が絶妙。エフェクトをかけすぎず、冷涼エリアかつバイオダイナミックで育んだブドウの良さを丁寧に引き出す。

この土地を信じて世界へ発信する。

モダンなワイナリーながら、真摯な取り組みが感じられた。

強く吹く風〜ヴィーニャ・ヴェントレラ〜

衝撃的だったソーヴィニヨン・ブラン。強風をアイコンにした「ヴェントレラ」

強い風を生かして風力発電で電気をまかなう。水も雨水を使うという。

「ヴェントレラ」は、“強く吹く風”という意味。その名の通り海岸からほど近いレイダ・ヴァレーの丘には強く冷たい風が吹くという。

一方、ランドクルーザーに乗り、ロデオでもやっているのか、といいたくなるほど激しく揺られながらでこぼこ道を10分ほど上がった場所にある畑は、抜けるような青空と肌を刺す太陽の力の中にあった。

ただ冷涼なのではなく、存分に空からのエネルギーもいただく。

丘の上の秘密基地のようにたたずむ醸造所は、真面目とやんちゃの二面性を持っている。

オープンタンク、ステンレスの小樽など、この環境にあるメリットを生かすための設備と、オーナーの趣味であるヴィンテージバイクのコレクションが共存しているのだ。

南の無人島の秘密基地……。映画のポスターかレコードジャケットか。

オーナーの趣味のバイクギャラリーはそのまま右手のセラー、醸造タンクとつながる。

旅の最後で訪れたブティックワイナリーだったが、慎ましやかなアロマからパワフルな余韻へと変化するソーヴィニヨン・ブランをテイスティングして、「チリはまだこんな隠し玉をもっていたのか!」と思わず声に出していってしまった。

ピノ・ノワールとシラーのブレンドであるシグネチャー「ヴェントレラ」の各ヴィンテージは、黒い果実のコンフィチュールにフレッシュトマトの爽やかさが、ピュアなフィネスの中で溶け合い、奥ゆかしいスパイスとともに体の中にすーっと入っていく。そしてやはりパワフルで長い余韻。

印象的なボトルデザインとともに、こういうワインを東京で飲むとどんな気分になるのだろうと、しばし目を閉じた。

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