ボルドーのAOC(原産地呼称統制)のなかで「オリジン」をうたうグラーヴ地区は、ファミリー経営のシャトーが多い。同時に、メドックほど有名ではないから、新規参入するファミリーも存在する。伝統と革新のはざまで、ワインづくりを楽しんでいるグラーヴのファミリーたちを、ワインジャーナリストの山本真紀が古川章カメラマンとともに訪問した。


取材協力:グラーヴワイン委員会(Conseil des Vins De Graves)

 

発祥の地

ボルドーと聞いて真っ先に、著名シャトーがひしめくメドックを思い浮かべる方へ。メドック地方が、もともとは沼地だったことをご存じだろうか? 

今日同様のブドウ畑が広がったのは、17世紀の干拓事業で整地されてからの話。メドックがワイン産地として知名度を上げる前の時代、もしボルドーの銘醸地をイギリス人に問えば、きっと答えは「そりゃ、グラーヴに決まってる」。ボルドーワイン発祥の地は、何を隠そうグラーヴにほかならない。

ガロンヌ河の左岸、ボルドー市の西と南にグラーヴは位置する。



ボルドーで最初にブドウが植樹されたのは現在のボルドー市とその近郊と言われ、グラーヴはまさにその該当エリア。フランス語で「砂利」を意味するGravier、英語のgravelが示すように、グラーヴ地区はそこもかしこも石混じりの畑ばかり。内陸の山々から河が石を運んでくれたおかげで、耕すには少々苦労するが、ブドウ樹にとっては水はけのよい恵まれた土質である。



ボルドーのなかでは霜が下りにくく、日照量が多い一帯である点も、ブドウの生育にはプラスに働く。

また、売値を急激に上げるような生産者が集うエリアではないため、グラーヴ産ワインは品質と価格の安定した定番としてフランス各地のレストランに常備されてきた。しかも、ペサック・レオニャン、ソーテルヌ、バルザックを有しているから、重心の低い赤ワインから深みのある甘口白までよりどりみどりだ。

グラーヴを訪問して本当にありがたかったのは、この地に住まう人たちの親切さだった。ひとつのシャトーを訪問して取材を済ませると、オーナーやスタッフが自家用車を出し、我々取材チームを次の訪問シャトーへと送り届けてくれること複数回。取材が長引き、「次の訪問先に、君たちの到着が遅れるって電話しとくよ」と気配りしてくれるオーナーもいた。

グラーヴは、ボルドーのなかでも群を抜いて家族経営のシャトーが多い。そして、顔が見えるシャトー同士で繋がりを深め、グラーヴのワイン産業全体を盛り立てようと、誰もが手弁当で協力し合う。

シャトーごとに紡がれる人や家族のドラマこそがグラーヴの真髄なのだ。

そう考えると、80%がフランス国内で消費されているグラーヴワインに対する理解が日本でももっと進むに違いない。ここに9つの事例を紹介する所以である。



Château Venus

シャトー・ヴェニュス

イタリアはムラノ産のシャンデリア設置で、セラーのムード一変。

軽飛行機で遊覧飛行もOK、

若夫婦がつくった神の名のシャトー


2005年に畑を購入し、いちからシャトーを築き上げたアマール夫妻。ヴェニュス(ヴィーナス)というシャトー名は、「美の女神の名前ならエレガンスだし、世界中の人たちにすぐ覚えてもらえるでしょ」ということから名付けた、と妻のエマニュエル。彼女は昼間、銀行員の顔も持つ。

2014年に竣工したモダンなシャトーは、風の通り道が計算されていて、夏でも冷房要らず。マロラクティック発酵を起こしたいときは、バイオマス燃料を用いてステンレスタンクの温度を上げる。

ここまでエココンシャスなのだから、栽培は当然、有機を目指す。除草剤は使わず、表土部分を耕すだけの雑草対策によって、ブドウの根は強く張り出してくるという。

醸造を担当するのは夫のベルトランだ。彼の趣味は軽飛行機の操縦で、「せっかくだから、お客さんを乗せたい」と面倒な公的手続きを経て営業認可を取得、空のワインツーリズムを実現させた。

彼ら夫婦の活躍で、伝統産地グラーヴに躍動感が加わった。


シャトー・ヴェニュスと、同じく神名がついた限定品のアポロン。「次の新作はゼウスかしら(笑)」(エマニュエル)。

ベルトラン操縦の軽飛行機に、古川カメラマンがビビりつつ搭乗。

軽飛行機からの眺め。河周辺に広がる畑、シャトー、庭園が一望。





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WINE-WHAT!? 編集部
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アモーレマンジャーレカンターレ、モールト呑んでたもーれ!

サンジョベーゼネッビオーロ、ボーノボーノ。

WINE-WHAT!?買ってくださーれ! グラッツェ。