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新型コロナウイルス感染拡大とワイン業界

あのときワインに起こっていたこと

2019年11月、中国湖北省の武漢で最初の症例が確認された新型コロナウイルスは、その後、中国全土に感染が拡大。1月になると中国国外でも感染者が現れ、日本では1月16日に最初の感染者が確認された。感染は、欧州、米国へも広がり、3月11日、世界保健機構(WHO)のテドロス事務総長はついに「パンデミックとみなせる」と宣言した。ここでは、5月下旬に執筆されたワインジャーナリスト、柳忠之氏による、新型コロナウイルスとワインについてのリポートを、6月5日発売のWINE WHAT巻頭コラムより、掲載する。

2月、パリにて

筆者は2月9日から13日までフランスに滞在した。10日から3日間、パリで開催されたワイン&スピリッツの国際展示会「ヴィネクスポ・パリ」を取材するためである。すでにフランスでも感染者が確
認されていたが、この時点での警戒心は低く、むしろ日本の感染状況について問われることが多かった。また、同じ頃、イタリアのワイン産地を訪れていた同業者は、他の国のジャーナリストから言われのない誹謗中傷を受けたと聞いている。

それからわずか2週間ほどで新型コロナウイルスは欧州でも猛威を振るい始めた。3月15日からドイツのデュッセルドルフで開催が予定されていたワイン見本市「プロヴァイン」が中止を決定。4月19日からイタリアのヴェローナで開催予定の「ヴィニタリー」は、プロヴァインの中止決定後も強行を主張していたが、3月24日に開催を断念。また偶数年に開催されるブルゴーニュ・ワインのイベント「グラン・ジュール・ド・ブルゴーニュ」は、開催1週間前の3月2日に延期を決断。4月3日、1年後の21年3月15日から5日間の日程で開催すると発表した。これにより、同イベントは今後奇数年開催に変わる。

ボルドーワインは未決定のままに

本来であれば4月、5月は世界中のジャーナリストやトレーダーがボルドーに集結する季節だが、今年はそのような光景も見られない。この時期、ボルドーの各シャトーは前年収穫のワインをお披露目。先物取引であるプリムール販売をスタートさせる。瓶詰め前のワインが専門家に評価され、価格が決定。シャトーにとってはキャッシュフローの点で重要なイベントだが、今年はそれができずにいる。

134の優良シャトーで構成される「ユニオン・デ・グラン・クリュ・ド・ボルドー」は、3月30日から4月2日にかけてプリムール・テイスティングをボルドーで開催の予定だったが、3月13日に延期を発表。5月5日に会長のロナン・ラボルドから届いたメールによれば、今年のプリムール・テイスティングは従来と異なり、ボルドー、パリ、ブリュッセル、ロンドン、チューリッヒ、ハンブルグ、上海、東京、香港、シンガポール、ニューヨーク、サンフランシスコの諸都市で分散開催を予定しているという。時期は6月初旬から7月初旬の見込みだ。

ボルドー在住でボルドー・ワインの輸出業務に携わる加藤尚孝さんからの情報によれば、新型コロナ以前からボルドー・ワインの輸出状況は低迷。とくに大きく依存してきた中国市場が振るわず、そこ
に新型コロナの打撃が加わり、「今年のプリムール価格はどのシャトーも下げざるを得ないだろう」という。

さらに中堅以下の生産者のバルクワインはすこぶる動きが鈍く、「出荷できないワインがまだタンクに残っている状態。2020年のワインを醸すタンクがないシャトーも出てきそう」と話す。


シャンパーニュ、そしてブルゴーニュでは

先日、シャンパーニュの某メゾンの醸造家とオンラインで話したところ、現在まで、ブドウ畑でも醸造所でも大きな問題は生じていないとのことだった。ただし、今後懸念されるのは収穫である。規定により機械収穫は認められておらず、シャンパーニュではすべて手摘みが義務付けられている。そのため毎年、3万4000ヘクタールのブドウ畑の収穫に、10万人の労働力を必要とする。

現在、フランスはEU加盟国と英国からの入国は認めているものの、いつものようにポーランド人をはじめとする外国の季節労働者を確保できるかは不透明だ。それに加えて外出禁止令が段階的に解除された今でも、居住地から証明書なしに往来可能な距離は100km以内である。収穫が始まるまでまだ3カ月はあるので、その間に移動制限が解除される可能性はあるが、10万人の確保は容易ではないだろう。

そのような点から、機械収穫も認められているブルゴーニュでは、今、収穫マシンが売れていると聞く。斜面に位置するプルミエ・クリュやグラン・クリュのブドウを機械で摘む生産者はいないだろうし、ただでさえデリケートな扱いを要求するピノ・ノワールの収穫を機械任せにすることはないだろう。しかし、平地のシャルドネやアリゴテであれば、ありえないことではない。

ブルゴーニュの日本人醸造家、「シャントレーヴ」の栗山朋子さんに聞いたところ、ブドウ畑や醸造所などワイン造りの現場はなんら通常と変わりなし。ただし、ソーシャルディスタンスの観点から、「畑へ行くにも相乗りはせず、各自自分の車で出向き、作業は互いにひと畝空けています」という。

ニュージーランドは収穫期だった

季節が半年ずれた南半球では、ブドウの収穫とパンデミックがちょうど重なった。ニュージーランドは本稿執筆時点で感染者1154人、死者21人。人口がわずか500万人という事実を差し引いても感染者数が少なく、政府の封じ込め政策が成功した例だ。

3月26日からロックダウンが始まったが、この時はまだ8割のソーヴィニヨン・ブランが収穫されず残っている状態だったと「フォリウム」の醸造家、岡田岳樹さんはいう。

「NZグロワーズ協会が政府に働きかけてくれました。そうでなかったら、多くのブドウが収穫できないまま畑に放置されたかもしれません」

政府は生活に必要な食料品の生産は許可したが、他の企業活動は停止を命令。ワインが生活必需品に入るかが問われたが、同協会の働きにより必需品と認められた。しかし、畑作業を一緒にするメンバーの隔離や2メートルのソーシャルディスタンス、ゴム手袋の着用など、さまざまな規制が課され、保健省による査察も行われたという。

「それでもマールボロは人がいたからよかった。収穫にはタイ、サモワ、フィジーなどから来る季節労働者の力が欠かせません。他の小さな産地では収穫人の確保に苦労したことでしょう」と岡田さんはいう。仕込みでも「みんな寝食をともにする必要があります。2メートルのソーシャルディスタンスを取りながらの選果はなかなか大変ですよ」。

カリフォルニアの明暗

全米最大4000万の人口を誇るカリフォルニア州。本稿執筆時点での感染者数は9万6594人。死者は3736人。3月13日にドナルド・トランプ大統領が国家非常事態宣言を発令、19日にカオリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は全米初の外出禁止令を宣言した。

カリフォルニア在住で現地事情に詳しい鈴木優子さんによると、勝ち組と負け組がはっきりしてきたという。

「レストランやバーが閉まっているので、オンプレミスビジネスの比率が高いワイナリーやB to Cに力を入れてこなかったワイナリーは厳しい。その一方、外食できない分、家でそこそこよいワインを飲む人が多いらしく、小売りに強いワイナリーは国内需要が堅調です」。

ソノマの「フリーマン ヴィンヤード&ワイナリー」のオーナー兼醸造家、アキコ・フリーマンさんも同意見。

「幸いフリーマンは毎年生産するワインの半分以上を個人の会員に直接販売しています。4月は売り上げの一部を、失職して食べる物にも困っている人を援助する団体に寄付しました。そのサポートを会員の皆さんにお願いしたところ、多くの方から賛同をいただき、ワインが売れたので、想定以上の寄付ができました」。

 その一方でテイスティングルームのクローズは減収要因となっているとも聞く。

さらにアキコさんが心配しているのはレストランである。

「サンフランシスコにある4割のレストランがこのまま廃業に追い込まれると見られています。全米で3000万人と見込まれる失業者のうち800万人がレストラン従事者です。6月以降、レストランの再開が許可される予定ですが、それでも客の収容を25パーセント以内に留めなくてはならないので、とくにサービスで働くソムリエさんには厳しいでしょう」

鈴木さんも雇用に懸念を示す。

「テイスティングルームの閉鎖で、とくにホスピタリティ部門の従業員をレイオフ(一時解雇)するワイナリーが出てきています」

オーストラリアの状況

オーストラリアの状況もカリフォルニアと似ている。シドニー在住でアコレード・ワインズ社で働く結子フロストさんによれば、小売は順調。業務は不調という。

「4月はワインのパニック買いが起きて、eコマースサイトを中心に売り上げが大きく伸びました。とくに日常消費用のリーズナブルな価格帯のワインは、一時期生産が追いつかなかくなったほど。一方、レストランやバーは通常営業ができず、スパークリングワインやプレミアムレンジのワインは売れ行きが思わしくありません。ソムリエさんは無給休業を強いられています。レストランやバーはカクテルやワインのデリバリーやテイクアウトで凌いでいるのが現状です」


まだ、始まったばかりかもしれない

日本も5月25日に緊急事態宣言が解除されたが、今後もしばらくは新しい生活様式を強いられそうだ。新型コロナウイルスの感染が収束した後でも、テレワークなどは新しい生活様式が常態化するかもしれない。世界各国のロックダウンは徐々に解除されつつあるとはいえ、生産現場以上に流通や市場に与える影響は大きい。以前のようにワイン産地に赴き、造り手らと笑顔でワインを酌み交わせる日は、いつになれば来るのであろう。

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