石田 博、ソムリエ世界一への再挑戦

Vol.01 伝説の人の巻

世界で勝てるチャンス

再びワインと本気でつきあおうと決意した石田は、2011年からレストラン「アイ」(現KEISUKE MATSUSHIMA)のシェフソムリエとして働くかたわら、ホテル日航の顧問を務めるなど、活躍の場を積極的に広げていく。また日本ソムリエ協会の技術研究部部長として後進の指導にもあたるようになった。

「2013年の第14回東京大会に出場する森 覚君のサポートを続けてきました。その段階では、まさか自分が再びコンクールに出るとは考えてもいませんでしたね」

石田は指導者として十分な手応えを感じていた。ところが大会後、お疲れ会として集まった席で事態は新たな展開を迎える。

「田崎さんから『次はどうするんだ』という話が出て、最終的に、私がもう一度挑戦するべきだという結論になったのです」

このあたりの事情に関して、田崎真也はこう語っている。

「今、世界で勝てるソムリエを考えたとき、真っ先に浮かぶのは、やはり石田君です。実力はずば抜けているのだから、そこにチャンスがあるのなら無駄にする理由はありません」

ソムリエになったときから世話になってきた田崎の勧めだけにありがたかったが、葛藤がなかったわけではない。

「コンクールに本格的に挑戦するとなると準備のためにお金も時間も必要になります。つまり収入は激減してしまうのですから、家族の承諾がなければ決められません」

果たして石田の妻は二つ返事で了承し、「子供たちに父親が努力する姿を見せるのはいいこと」と背中をどんと押してくれた。

石田が世界への再挑戦を決意したのにはもうひとつ理由があった。

「14回東京大会で優勝したスイスのパオロ・バッソは、2000年の大会のときに私のひとつ上の第2位に入賞したソムリエでした。3つ年上のベテランがこれだけの快挙を成し遂げたのですから、年齢を言い訳にすることはできないのです」

往年のライバルが目の前で活躍する姿に闘志をかき立てられたのかもしれない。

「テイスティングの能力は年齢を重ねてもそれほど衰えるものではないといわれています。逆に経験や知識が増える分、有利な点もあるのですから、遅すぎる挑戦ではないのです」

ソムリエといえば日本では客席でワインのサービスをする姿ばかりが強調されるが、実際にはレストランやホテルの飲料全体を管理する総合的な職業でもある。世界中でワインの需要が伸びている現在、ワインの可能性を広げてくれる経験豊かなソムリエの活躍は広く求められており、それに伴ってコンクールの審査基準も変わってきている。この点については、世界の動向に詳しい中本も敏感に感じている。

「そういうところも含めて、石田君にとっては大きなチャンスが来たといえるでしょう。そして彼は今までもチャンスを確実に活かす強みをみせてきました。だからこそ大いに期待したいですね」

石田にとって自分の得意な分野で勝負ができるようになった。とはいえ、ワインの世界は急速に変わりつつある。前回以上に猛勉強を強いられるという。

「今はワインの産地も世界中に広がっています。伝統あるヨーロッパの国でも次々と新しいワイナリーが誕生している。ワインを取り巻く環境は急激に変化しています。これらの情報を確実にフォローしていなければ、コンクールで勝てないどころか、ソムリエとしてもレベルアップしていくこともできないのです」

そんななか世界大会に向けて石田が進めているのは、多くの国のワイナリーを実際に訪れるという実地体験型の学習だ。

「自分で足を運んだ場所の情報はしっかり記憶されますし、そこから枝葉を伸ばすように関連した知識をつなげていくことで有利に勉強が進められます。もちろん、お金も時間もかかりますが、今はそういったことを楽しみながらできる環境も、心の余裕も生まれました」

勝算について尋ねてみると、「自信はありません」という答が帰ってきた。しかし、その表情はけっして暗くはない。

「弱気になっているのではありません。変に自信をもつと油断につながる。下手に気負わずに、限られた時間にできることを淡々と続けていこうと決めたのです」

野球のピッチャーをやっていたころ、妙に自信をもってマウンドに上がると打たれ、不調で心配が先立っていると、いい結果につながった。

「自分にソムリエとしての才能があるかどうかはわかりません。ただ、以前、兄にいわれたのは、『おまえはこつこつと努力を続ける才能だけはあるな』ということでした。つまり、それこそが私の強みなのですから、そのやり方で戦うしかないのです」

明鏡止水の心境、といえるかもしれない。そこには肩肘を張っていた若手時代とは違う姿があった。師匠である田崎も大いに期待している。

「ソムリエのコンクールは『ここまでやれば勝てる』といった目標が立てられないため、ゴールがないところをひたすら走っていくような厳しさがあります。だからこそ精神力が求められる。石田君はベテランになったことでその部分が強くなっているはずです。彼が立派な戦いぶりを見せることで、後輩のソムリエたちの刺激になることを願っています」

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